コミュニケィションの歴史 まとめ1
一昨日で、長らく続いた「コミュニケィションの歴史」一段落した感じですね。昨日は、何にも書くことがない感じで、一日休みました。
一度に長く書けないので、毎日少しづつ書いていると improvisation が始まって、あちこちしました、かいつまんでみれば、次のようなことです。
人間は、一人ひとりでは、無力な動物。それが、人類が生まれた頃に、地球上ののさばっていた恐竜類を滅ぼして、その他の動物も支配下において、地球の王者となったのは、協力することを知っていたから。Collaboration です。Collaborate するには、意思を通じ合わせなければな
らない。Communication が必要。そのために、最初は身振り・手振り、単なる叫び声だったのが、ことばになった。こうして、顔を合わせ、声の届く範囲では、ことばによって communication ができるようになった。Collaborate するには、自分が自分が、と威張ったり、取り込んだりする
人間がいると、うまく行かないので、共有の commons ができ、みんなで commoning する community が自然に発生した。
単に、狩猟や農耕のために collaborate するだけでなく、「愛」とは何ぞや、「恋とはなんぞや」と人類永遠のなぞを解くためにも collaborate
しようとした。そのために sym+posium (drink together) で dialogue をすることを覚えた。どんな人種でも酒を作らなかった部族はいないはずです。
「愛」とか「恋」とかについて dialogue するには、酒が入ったほうが、頭が働くことに気がついたようです。それとも、舌がよく回ることに気がついたのか。どちらでもいいですが、舌がよく回るためには、頭の回転が早くないと、舌がもつれるので、舌の回転を早くする酒の効用を知ったのでしょう。もっとも飲みすぎると、舌がもつれて、呂律がまわらなくなることも知ったでしょう。酒は飲んでも、飲まれるな、ということです。
「愛」や「恋」とか、指し当たって、解決がつかなくても、生活には困らないことを symposium していたわけではなかった。
Community には、さまざまな解決すべき問題も、日々発生していたでしょう。そういう時は、みんなで集まって、dialogue を交わしながら、解決していったでしょう。そういうときには、おのずと、coordinate する人が出てきたでしょう。多くの場合は、人生経験をより多く、長く積んだ長老がその役をしていたことでしょう。要するに直接民主制だった。
人類が、狭い範囲に固まって、顔を見合わせる範囲で暮らしているうちは、声の届く範囲の communication で事足りていた。ひとつの community では、手狭になって、何人かが、別の場所へ行って、新しい community を作ると、そちらの人たちとも、communication をする必要が出てきた。それだけではないだろうが、別の用もあって、離れたところや、その場にいない人に伝言するために文字が発明された。そうすると、単にその場限りの communication だけでなく、文字によって記録を残すこともできるようになった。、
中世になってキリスト教が世の中を支配していた時は、支配階級の聖職者が、聖書のことばを独占するために、限られた数しか聖書が作れな
い写本でしか聖書の複製はできなかった。その時代は、キリストの教えは、聖職者が口伝えに教えてくれるか、聖職者の注文する宗教画にもとづいて、キリストの生涯や教えが広められていた。というより、そういうようにしていた。
しかし、宗教改革によって、聖職者の都合のよい解釈でなく、普通の人が、自分で聖書を読む時代になると、読み書きできる人も増え、多くの人が、聖書を手に入れるのには、写本では間に合わないので、Gutenberg の印刷術が生まれた。
と辿ってくると、印刷術は、偉大な発明と誰しも思うし、そう思って来た。
ところが、思いもよらないことが、起きていた。Internet age が到来した。
Internet 時代になってみると、今まで想像もつかなかった communication や collaboration の方法が、次々に出てきた。
そうなると、今まで、印刷術に支配されていた communication や collaboration の方法の矛盾が、まだ、気がついてない人が大勢いるが、いろいろ目につき出した。
でそのことに話を進めるのですが、長くなるので明日にします。今までに全部書いたことのまとめです。皆さんも思い出すか、よかったら読み直してください。
一度に長く書けないので、毎日少しづつ書いていると improvisation が始まって、あちこちしました、かいつまんでみれば、次のようなことです。
人間は、一人ひとりでは、無力な動物。それが、人類が生まれた頃に、地球上ののさばっていた恐竜類を滅ぼして、その他の動物も支配下において、地球の王者となったのは、協力することを知っていたから。Collaboration です。Collaborate するには、意思を通じ合わせなければな
らない。Communication が必要。そのために、最初は身振り・手振り、単なる叫び声だったのが、ことばになった。こうして、顔を合わせ、声の届く範囲では、ことばによって communication ができるようになった。Collaborate するには、自分が自分が、と威張ったり、取り込んだりする
人間がいると、うまく行かないので、共有の commons ができ、みんなで commoning する community が自然に発生した。
単に、狩猟や農耕のために collaborate するだけでなく、「愛」とは何ぞや、「恋とはなんぞや」と人類永遠のなぞを解くためにも collaborate
しようとした。そのために sym+posium (drink together) で dialogue をすることを覚えた。どんな人種でも酒を作らなかった部族はいないはずです。
「愛」とか「恋」とかについて dialogue するには、酒が入ったほうが、頭が働くことに気がついたようです。それとも、舌がよく回ることに気がついたのか。どちらでもいいですが、舌がよく回るためには、頭の回転が早くないと、舌がもつれるので、舌の回転を早くする酒の効用を知ったのでしょう。もっとも飲みすぎると、舌がもつれて、呂律がまわらなくなることも知ったでしょう。酒は飲んでも、飲まれるな、ということです。
「愛」や「恋」とか、指し当たって、解決がつかなくても、生活には困らないことを symposium していたわけではなかった。
Community には、さまざまな解決すべき問題も、日々発生していたでしょう。そういう時は、みんなで集まって、dialogue を交わしながら、解決していったでしょう。そういうときには、おのずと、coordinate する人が出てきたでしょう。多くの場合は、人生経験をより多く、長く積んだ長老がその役をしていたことでしょう。要するに直接民主制だった。
人類が、狭い範囲に固まって、顔を見合わせる範囲で暮らしているうちは、声の届く範囲の communication で事足りていた。ひとつの community では、手狭になって、何人かが、別の場所へ行って、新しい community を作ると、そちらの人たちとも、communication をする必要が出てきた。それだけではないだろうが、別の用もあって、離れたところや、その場にいない人に伝言するために文字が発明された。そうすると、単にその場限りの communication だけでなく、文字によって記録を残すこともできるようになった。、
中世になってキリスト教が世の中を支配していた時は、支配階級の聖職者が、聖書のことばを独占するために、限られた数しか聖書が作れな
い写本でしか聖書の複製はできなかった。その時代は、キリストの教えは、聖職者が口伝えに教えてくれるか、聖職者の注文する宗教画にもとづいて、キリストの生涯や教えが広められていた。というより、そういうようにしていた。
しかし、宗教改革によって、聖職者の都合のよい解釈でなく、普通の人が、自分で聖書を読む時代になると、読み書きできる人も増え、多くの人が、聖書を手に入れるのには、写本では間に合わないので、Gutenberg の印刷術が生まれた。
と辿ってくると、印刷術は、偉大な発明と誰しも思うし、そう思って来た。
ところが、思いもよらないことが、起きていた。Internet age が到来した。
Internet 時代になってみると、今まで想像もつかなかった communication や collaboration の方法が、次々に出てきた。
そうなると、今まで、印刷術に支配されていた communication や collaboration の方法の矛盾が、まだ、気がついてない人が大勢いるが、いろいろ目につき出した。
でそのことに話を進めるのですが、長くなるので明日にします。今までに全部書いたことのまとめです。皆さんも思い出すか、よかったら読み直してください。
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