英語独り言は、こうして言う。
学校で、クラスに大勢の生徒がいるのに、他の生徒の声を聞こえないようにして、英語で「独り言」を言わせる環境などない、と大方の人はいうでしょう。
昔々には、LLというのものがあった。生徒は headphone をつければ、昔の headphone は、周りの音を shut out したので、自分の声しか聞こえなかった。もっとも LL は、独り言をさせるようなカリキュラムや exercise はなかった。
現在なら、computer room があるでしょう。あそこで、今流行りの周りの音が聞こえる headphone や ear plug でなく、他の音を shut out するものを使えば、自分の声を邪魔されずに「聞く」独り言ができます。
問題は、では、「独り言」を言えと言ったって、生徒は、何を言って言いか分かりません。大体が、言うべき英語を知りません。
だから、最初から、単語一つ一つ覚える時から、独り言を言えるような環境を与えなければなりません。
こういうことを言うと、「浅はかな人」が直ぐに、英語はコミュニケィションのためだから、他の生徒と会話をしたり、交じり合うことが大事だ、というでしょう。
Baseball は、集団競技です。よく聞く話があるでしょう。巨人の小笠原選手は、人より早く球場へ来て、一人で黙々とトレーニングをしているとか。王さんは、畳が擦り切れるまで、一人でバットを振っていたとか。長島さんは、遠征中でも試合の後で宿舎で、一人バットを、毎日ふっていた、とは、いつも同室だった故土井選手の話です。
Baseball に限らず、どの集団スポーツでも、名選手と言われる人は、そういう人でなくても、一人で黙々と練習した成果を集団競技で発揮するのです。
英語だって同じことです。人とコミュニケィションをするためには、先ずは、自分で、この場合は「黙々」とではなく、ぶつぶつと「独り言」を言って練習することが必要です。
なぜか、英語教授法には、ひとりで学習する方法はありませんね。一人の教師が大勢の生徒を相手に教える方法ばかりじゃないですか。ありますかね。あったら教えてください。
だから、私のカリキュラムは、前にも紹介したように、旧文部省科研費で開発した当時から、「教授法」でなく、「学習カリキュラム」でした。学習なら、一人で出来ます。
医学の最終的に目指すべきところは、「医者要らず」です。教育の最終的に目指すところは、「先生要らず」でなければなりません。
今また国家予算が足らないので、公務員をまた減らすといっていますが、教育公務員の教員が要らないとなると、これは大幅な公務員削減意なりますよ。昔から、同じこと何度も言っていますが。後は言うまい。
というわけで、私のカリキュラムは、「独り言学習」が基本です。もちろん先生要りません。だから、学校で採用されません。
今まで、私のカリキュラムと言ってきましたが、ちゃんと名前があって、GHN (Global Human Network) Series と呼んでいます。小中学生 version、College version, Adult (大人用という意味です) version の三種類があります。今後は GHN Series と refer します。
その GHN Series がどういうものか、知る人は知っていますので、ここで改めて紹介するまでもないですが、知らない人は、知らないので、ほんの少しだけ紹介します。本当にほんの少しです。
基本的には、先ず単語を覚えさせます。忘れさせないように、手を変え、品を変え、くり返し姿の変えて出てくるようになっています。
単語を覚えさせるのには、全ての単語について、その単語が指示する事象を視覚化した画像を提示します。昔は、ピクチャーカードで提示したましたが、Windows 95 以降は、CG 画像です。
いろいろな「教材」でも、単語を著す「絵」を使っていますが、殆ど名詞とか、簡単な動詞の動作を表すものです。
GHN Series では、形容詞も全て視覚化してあります。Seeing is believing. 下図は、thick & thin の場合です。
形容詞は、抽象的なものといわれています。抽象というと、なんか「抽象的」で、具象ではないと思っている人が多いようです。
抽象の「抽」は、「抽斗」(ひきだし」の「抽」で、要するに引っ張りだす、ということです。「抽象」を「ちゅうしょう」と音読みするから、「抽象的な」響きになるのです。「象」は、「すがた」という意味です。「具象」の「具」は、「そなえる」という意味で、「具象」とは、「すがたをそなえている」ということです。だから、普通の名詞の指示する事物は、「すがたをそなえて」いるので、「具象」です。
抽象とは、いろいろな「すがた」から、共通のものを引き出したものです。上の図の場合、いちばん左のコラムの三つの「象」から抽き出した共通の性質が thick で、二番目のコラムの三つの「象」から抽き出した共通の性質が thin になるわけです。右側の二つのコラムは、thick と thin を対比させたものです。
学習者は、この chart を見て、thick, thin と、この場合は、それぞれ6回ずつ、独り言をいうのですが、単語は同じでも、それぞれに即した「象」は、全部違います。同じことを言ってはいても、実際は違ったことを言っているのです。
こうすれば、独り言を繰り返しながら、ひとりで、「練習」することができます。
この続き長くなりますし、今日は夜も更けてきましたので、明日にします。
昔々には、LLというのものがあった。生徒は headphone をつければ、昔の headphone は、周りの音を shut out したので、自分の声しか聞こえなかった。もっとも LL は、独り言をさせるようなカリキュラムや exercise はなかった。
現在なら、computer room があるでしょう。あそこで、今流行りの周りの音が聞こえる headphone や ear plug でなく、他の音を shut out するものを使えば、自分の声を邪魔されずに「聞く」独り言ができます。
問題は、では、「独り言」を言えと言ったって、生徒は、何を言って言いか分かりません。大体が、言うべき英語を知りません。
だから、最初から、単語一つ一つ覚える時から、独り言を言えるような環境を与えなければなりません。
こういうことを言うと、「浅はかな人」が直ぐに、英語はコミュニケィションのためだから、他の生徒と会話をしたり、交じり合うことが大事だ、というでしょう。
Baseball は、集団競技です。よく聞く話があるでしょう。巨人の小笠原選手は、人より早く球場へ来て、一人で黙々とトレーニングをしているとか。王さんは、畳が擦り切れるまで、一人でバットを振っていたとか。長島さんは、遠征中でも試合の後で宿舎で、一人バットを、毎日ふっていた、とは、いつも同室だった故土井選手の話です。
Baseball に限らず、どの集団スポーツでも、名選手と言われる人は、そういう人でなくても、一人で黙々と練習した成果を集団競技で発揮するのです。
英語だって同じことです。人とコミュニケィションをするためには、先ずは、自分で、この場合は「黙々」とではなく、ぶつぶつと「独り言」を言って練習することが必要です。
なぜか、英語教授法には、ひとりで学習する方法はありませんね。一人の教師が大勢の生徒を相手に教える方法ばかりじゃないですか。ありますかね。あったら教えてください。
だから、私のカリキュラムは、前にも紹介したように、旧文部省科研費で開発した当時から、「教授法」でなく、「学習カリキュラム」でした。学習なら、一人で出来ます。
医学の最終的に目指すべきところは、「医者要らず」です。教育の最終的に目指すところは、「先生要らず」でなければなりません。
今また国家予算が足らないので、公務員をまた減らすといっていますが、教育公務員の教員が要らないとなると、これは大幅な公務員削減意なりますよ。昔から、同じこと何度も言っていますが。後は言うまい。
というわけで、私のカリキュラムは、「独り言学習」が基本です。もちろん先生要りません。だから、学校で採用されません。
今まで、私のカリキュラムと言ってきましたが、ちゃんと名前があって、GHN (Global Human Network) Series と呼んでいます。小中学生 version、College version, Adult (大人用という意味です) version の三種類があります。今後は GHN Series と refer します。
その GHN Series がどういうものか、知る人は知っていますので、ここで改めて紹介するまでもないですが、知らない人は、知らないので、ほんの少しだけ紹介します。本当にほんの少しです。
基本的には、先ず単語を覚えさせます。忘れさせないように、手を変え、品を変え、くり返し姿の変えて出てくるようになっています。
単語を覚えさせるのには、全ての単語について、その単語が指示する事象を視覚化した画像を提示します。昔は、ピクチャーカードで提示したましたが、Windows 95 以降は、CG 画像です。
いろいろな「教材」でも、単語を著す「絵」を使っていますが、殆ど名詞とか、簡単な動詞の動作を表すものです。
GHN Series では、形容詞も全て視覚化してあります。Seeing is believing. 下図は、thick & thin の場合です。
形容詞は、抽象的なものといわれています。抽象というと、なんか「抽象的」で、具象ではないと思っている人が多いようです。
抽象の「抽」は、「抽斗」(ひきだし」の「抽」で、要するに引っ張りだす、ということです。「抽象」を「ちゅうしょう」と音読みするから、「抽象的な」響きになるのです。「象」は、「すがた」という意味です。「具象」の「具」は、「そなえる」という意味で、「具象」とは、「すがたをそなえている」ということです。だから、普通の名詞の指示する事物は、「すがたをそなえて」いるので、「具象」です。
抽象とは、いろいろな「すがた」から、共通のものを引き出したものです。上の図の場合、いちばん左のコラムの三つの「象」から抽き出した共通の性質が thick で、二番目のコラムの三つの「象」から抽き出した共通の性質が thin になるわけです。右側の二つのコラムは、thick と thin を対比させたものです。
学習者は、この chart を見て、thick, thin と、この場合は、それぞれ6回ずつ、独り言をいうのですが、単語は同じでも、それぞれに即した「象」は、全部違います。同じことを言ってはいても、実際は違ったことを言っているのです。
こうすれば、独り言を繰り返しながら、ひとりで、「練習」することができます。
この続き長くなりますし、今日は夜も更けてきましたので、明日にします。

この記事へのコメント
もうちょっと、つけたしがありますが、また、そのうちに。