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zoom RSS クールベの「写実」

<<   作成日時 : 2012/01/25 12:57   >>

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このところ「絵画」における写実を考えています。そこで、今日は、19世紀になって、「写真」に対抗心を燃やして、写実主義を主張した Gustave Courbet (1819- 1877) の「写実」は、どういうものか見てみましょう。ついでながら、1935年最初の近代的なカラーフィルムである「コダクローム」が、コダックから発売されています。そのコダックのフィルム部門が廃止され、コダックが破産申請した、とは、時代の流れですねぇ。
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 どうですか、昨日紹介したホキ美術館の野田弘志などの「写実絵画」と比べて、どう思いますか。
 実は、ここでは、画像での紹介をためらわれる Courbet の傑作に、Origine du monde という作品があります。
 私は、この作品を The Story of V という本で、その「写真」が紹介されているのを見て初めて知ったのですが、同じページに、「絵」でない、実物の「写真」もあったので、最初は、てっきり「実物」の「写真」だ、と思いました。が、小さい文字で、Courbet の「絵画作品」であることを知ったわけです。
 まあ、どういうものか、下記サイトをどうぞ。また、上記の本は、翻訳は出ていないとおもいますので、Amazon.com で調べてください。
 http://en.wikipedia.org/wiki/L%27Origine_du_monde
 http://ja.wikipedia.org/wiki/世界の起源
 Courbet の写実主義については、下記の川瀬昇氏の HP がとても参考になります。
 Art Comtemporary in Japan (http://www.linkclub.or.jp/~kawasenb/)の HP から、Courbet のページへ行けますが、直接行くなら
 http://www.linkclub.or.jp/~kawasenb/05_koza_naiyo_1-18.htm です。
 Jean-François Millet (1814–1875) は、日本人にとっても好かれている画家です。彼は、Courbet と一緒に写実主義運動の主導者のひとりでした。
  下の画像は、日本でもっとも知られてものです。山梨県立美術館は、ミレーはじめバルビゾン派の画家のコレクションで有名です。館内には「ミレー館」があります。
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http://www.art-museum.pref.yamanashi.jp/index.html
 まったく余談ですが、パリのモンマントル墓地で、ニジンスキーの墓を探していたら、墓地の番人の人が寄ってきて、「お前日本人だろう。ミレーの墓を探しているんだろう。日本人はミレーがすきんだから」というようなことをフランス語で話しかけてきました。実は、私はミレーの墓が、モンマルトル墓地にあること知らなかったのですが、せっかく教えてくれたので、一応見てきました。もちろんニジンスキーの墓も教えてもらいましたが、日本人がニジンスキーの墓へ行くとは珍しい、というようなことを、確か言ってました、かな?
 話を戻して、上の二人と並んで、「写実主義」を主導したとされる Honoré-Victorin Daumier (1808-1879)ですが、私は、みすず書房から発行されている『ドーミエ版画集成』というドーミエの政治やパリ生活を風刺した戯画の三巻本で、ドーミエとは親しんでいました。だから、ドーミエが「写実画家」とは知りませんでした。
 下の画像は、「政治家さまざま」と題された第一巻の表紙ですが、ドーミエは、「写実画」でなく、「戯画」によって、真「実」や事「実」を「写」そうとしたのでしょうか。『鳥獣戯画』が、動物の「戯画」によって、人間の本質を「写」そうとしたように。皆さんどう考えますか。
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 というわけで、「写真」に対抗して、「写実主義」の絵画を主導した Courbet ですが、上記の川瀬昇氏の解説によると、結局は、写真に負けた、ということになっています。
Courbet だけでなく、写真の出現以来、画家たちは、写実では、とうてい「写真」に勝てないと思って、それ以降、Cubism とか、sur-realism とか、いろいろありますが、
どんどん「写実」から遠ざかって行ったのです。
 そのさきがけとなったのが、印象派でした。Wiki 日本版から c&p です。
印象派(いんしょうは、仏:Impressionnistes)または印象主義(いんしょうしゅぎ、仏:Impressionnisme)は、19世紀後半のフランスに発し、ヨーロッパやアメリカのみならず日本にまで波及した美術及び芸術の一大運動である。1874年にパリで行われたグループ展を契機に、多くの画家がこれに賛同して広まった。また、「印象派」・「印象主義」の概念は、音楽の世界にも適用される。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/印象派
 Courbet が死んだのは、1877年です。流れが分かるでしょう。
 ということですので、明日は、ちょっと印象派の「写実」を見てみる必用がありますね。次から次へと、お互い大変ですね。

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コメント(4件)

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>というわけで、「写真」に対抗して、「写実主義」の絵画を主導した Courbet ですが,
と書かれてありますが、当時クールベはそんな事は考えてもいなかったでしょう。
葉悦
2012/02/09 01:19
上記のコメントに追加です。

>最初は、てっきり「実物」の「写真」だ、と思いました。
これこそクールベの狙っていた処でしょう、
本当の存在感の表現で、まさにリアリズムの考えの基です。

そもそもリアリズムを写実主義にしたのが間違いだったのです。


葉悦
2012/02/09 01:34
ご指摘の通りです。Realism を「写実主義」と訳すのが間違いです。私が訳したわけではないので、ご了解ください。このことは、2月10日に書く予定です。
Courbet は、そんなことは考えていなかったでしょうが、その頃にすでに「は社員」は、出回りはじめていたので、そういうこともあるかな、と思って、話を面白くしようとつく加えたまでです。なにしろ、学術論文でないので、あたらずとは言え、遠からずのことは、思いついたら書くことにしているので、コメントは、appreciate します。
http://en.wikipedia.org/wiki/Photography
SF
2012/02/09 11:50
コンニチワ、SFさん。

このブログのテーマと同じ事に興味があるので、つい嬉しくなって不躾にコメントを書いてしまい失礼いたしました。 「旨い処探索同好会」で似た様な記事を書いてます、時間があればよってみて下さい。

しかしナダールがバルーンから初の航空写真を写したのが、クールベの死ぬ少し前で、アルフレッド・スティグリッツやエドワード・スタイケンが、ニューヨークで写真を芸術作品だと認めさせようと努力していたのが20世紀の初頭で、写真はまだ白黒でした。
葉悦
2012/02/09 13:19

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