「装飾写本」の「美」について。

 このところ、こともあろうに? 「美」の典型とされている「絵画」のことを、果たしてそれが「美」なのか、と疑っています。美術史家が読んだらなんというでしょうか。
  そもそも「絵画」の専門家の画家が生まれたのは、中世以後に現れたジオットあたりが最初です。(素人だから、こういう大胆なことが言えます。)
  それ以前にも、「絵」を描く人はいました。しかし、そういう人は「画家」ではなかったのです。現在、デジカメで写真をとる人はいっぱいいますが、そういう人を「写真家」とは言わないでしょう。カラオケで歌を歌う人はいっぱいいますが、そういう人は「歌手」とは呼ばれません。
  「絵」を描いた「画家」の名前が、製作者として記録されるようになったのは、ジオット以降だと、素人は考えても間違いないでしょう。
  中世の「絵画」では、もっぱら「僧院」で作られた Illuminated manuscript (装飾写本)が、主流でした。Wiki 英語版には、とても詳しい説明があります。日本語版は簡単です。
  http://en.wikipedia.org/wiki/Illuminated_manuscript
  僧院、修道院での、Illuminated manuscript の制作については、Umberto Eco の Il nome della rosa (Name of the Rose, 薔薇の名前)を読むとよく分かります。これは、2回映画化されていますが、最初の1986年版では、Sean Connery が主役を演じています。
  http://en.wikipedia.org/wiki/The_Name_of_the_Rose
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  Illuminated manuscript は、印刷術が出現すると、役目を終えて、もう制作されなくなりましたので、現存するものは数が限られています。私は、現物そっくりに作ったファクシミリ版を三冊もっています。また、書籍として発刊されたものを、10冊以上持っています。日本で有名なのは、
  Très Riches Heures du Duc de Berry (ベリー公のいとも豪華なる時祷書)で、これは丸善で輸入版の方がよく売れて話題になったことがあります。
  http://en.wikipedia.org/wiki/Tr%C3%A8s_Riches_Heures_du_Duc_de_Berry
  Illuminated manuscript の内容は、聖書の物語ですが、その text が、手書きの装飾文字で書かれているので、「装飾写本」と呼ばれるわけです。
  さまざまな形の装飾文字があります。下図は、もっとも有名な Book of Kells の一ページです。
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  面白いのは、本来は聖書の物語ですが、欄外に動物や鳥(も動物ですが)や花の絵がちりばめられているこのです。
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  下図は、私がファクシミリ版を持っている The Hours of Mary of Burgandy です。欄外にサルや花の絵が描かれています。
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 文の最初の文字の中に、絵を描き入れることがよく行われますが、そこには、花の絵などがよく描かれています。
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  植物だけを描いた写本もあります。
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  聖書の物語と関係のない、貴族や庶民の生活を描いたものも沢山あります。
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 もちろん本来の聖書の内容に即したものもありますが、右の絵のように、胸もあらわな女性を描いたりしています。
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  なぜ、Illuminated manuscript を紹介したか、といいますと、「画家」という職業が生まれ、もっぱら聖書の内容を題材とした「絵」ばかりを書かされるようになる前の、職業的「画家」でない修道僧たちは、花や動物、農民や貴族の生活という俗世間、風景などを、気ままに?に描いていた、ということを紹介したかったからです。ヌードに近い女性さえ描かれていたのです。ジオット以後の職業的「画家」が描きたくても描かしてもらえなかった題材が、中世の写本には、いっぱいあったわけです。
 それが、「美」なのかどうかは、この後問題にしますが、少なくともかれらは、「美しく」描こうとしています。それを「美」とみなすことはできるでしょう。
 ただし、うっかりすると忘れがちなことがあります。
 たとえ、これらが「美」であっても、その「美」は、聖職者や貴族の独占物であって、庶民の目に触れることはなかった、ということです。それどころか、The Hours of Mary of Burgundy は、彼女のために作られたのであって、彼女以外の人の目に触れることは、彼女の生存中にはなかったのです。
 これらの写本は、現在では「美術館」や「図書館」の貴重な収蔵物として公開されていますが、ガラス張りのケースの中で開かれた2ページだけしか見ることはできません。
 では、庶民は、「美」をどこに見出していたのでしょうか。ということを、考えてみたいのです。一庶民として。こういうこと、美術史家は考えないようです。自分を庶民と思ってないのかな?

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この記事へのコメント

takkk
2012年01月07日 07:45
「職業的「画家」でない修道僧たちは、花や動物、農民や貴族の生活という俗世間、風景などを、気ままに?に描いていた」ことの目的が気になります。
SF
2012年01月07日 17:51
なぜ、花や鳥を描いたか、については、ちゃんとそれなりのわけがあります。そのことは、多分、2,3回後のブログで、述べる予定です。
PL
2012年01月09日 16:03
最後の二つの写本はジョットより後のように見えますが?
小さな画像なのでよくわかりませんが、
制作は修道士ではなく民間または宮廷付き工房なのでは?
SF
2012年01月09日 18:27
これらの画像は、私の手持ち本を scan したのでなく、ネット上のものを c&p したもので、ご指摘を受け、どこにあったか、もう一度調べてみたけど、見つかりませんでした。そうおしゃるなら、そうかも知れません。そうなると修道僧が作ったわけではないので、不適切な解説は、削除します。
PL
2012年01月10日 23:36
下から二つ目、おそらくフランドルか北フランスで制作、15または16世紀、月暦図なので宗教的な関連あり。
その下、おそらくイタリアで制作、ジョットより100年後、典型的なルネサンス装飾のボーダー。
といったところでしょうか。
「こういうこと、美術史家は考えないようです」。そんなことはありません。ネットをきちんとリサーチすれば出てきます。

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