自分の描きたい絵を描く時代が来た。

  今日は、イギリス初の国民的画家と言われる William Hogarth 1697-1764 の話です。昨日紹介した ヴェネツィアの画家 Pietro Longhi 1702-1785 と同世代です。当時は、この二人を比較することはなかったのですが、後年になって、市民生活を描いた画家としての共通点が見出され、後生まれの Longhi が、昨日引用したように、
his work would lead him to be viewed in the future as the Venetian William Hogarth
となったわけです。では、早速 Hogarth の作品を見てみましょう。先ずは三つ並べてです。
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左から An Election Entertainment 1754、Soliciting Votes 1754、The Orgy c. 1735 とそれぞれ題された painings です。
選挙の接待、投票の勧誘、と日本でも、昔よく見られた風景です。今では公職選挙法違反になる行為です。18世紀の英国では、当たり前だったようです。一番右の Orgy は、酒を飲んでのドンちゃん騒ぎ。選挙で勝った後かも知れません。
 下の絵は、etching による版画です。題して、Beer Street and Gin Lane 1750-51。
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画面の左半分が Beer Street、右半分が Gin Lane。 版画ですから、何枚もあって、かなり出回って、有名な絵らしいです。その証拠に、このタイトルの Wiki があって、この絵の詳しい説明があります。興味ある人には、一読を薦めます。日本語版はありません。せっかくですから、一部を紹介します。
Among the strong didactic pieces by Hogarth is Gin Lane, his graphic lecture on the evils of drinking gin. "Idleness, poverty, misery and distress, which drives even to madness and death" - this is the price one pays for indulgence in this poison.
The companion print, Beer Street, encourages the use of this beverage, for, as Hogarth said, it is an "invigorating liquor" and on this street "all is joyous and thriving. Industry and jollity go hand in hand." No modern copywriter could produce a more persuasive argument.

http://en.wikipedia.org/wiki/Beer_Street_and_Gin_Lane
Gin は evil だけど、beer は、invigorating liquor だ、と言うのですね。
 最後にこんな絵は、どう思いますか。Before the Seduction and After 1731。
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男性のズボンのベルトのあたりの手の動きが微妙です。
  今まで紹介してきた絵で、こんな絵はなかったですね。Longhi は、上流階級からの注文で、市民生活を描いたのですが、Hogarth は、まさに市井の庶民のありふれた生活、それも、あまり模範的でない様態を描きました。これは、注文に応じて描いたのではないでしょう。
 彼は、paintings より、むしろ版画の連作で有名でした。江戸時代の浮世絵の値段は、うどん一杯の目安でした。一枚の版画は200枚くらい刷ったので、薄利多売で、結構食っていけたのでう。だから、Hogarth も painings の注文で食わなくても、版画が売れれば食っていけるわkで、そうすれば注文主の言うままの絵を描かなくても、自分の好きな絵が描けたわけです。彼はまた本の挿絵を描いて収入を得ていました。当時は、まだ、絵の具は高くて、注文がなければ、絵の具代が出なかったでしょうが、B/W の etching なら絵の具は要りませんから、大量に「描く」ことができたのです。
  Hogarth の絵が、Strait of Dover (ドーヴァー海峡)を超えて、どれくらい大陸で人気があったかは、分かりませんが、彼の前の時代には、Hans Holbein der Jüngere 1497-1543 や Anthony van Dyck 1599-1641 が、大陸からイギリスへ移住しています。ほぼ同時代に、あのし、あの Georg Friedrich Händel 1685-1759 が、イギリスに帰化しています。だから、ヴェネツィアは、ちょっと離れすぎていますが、Strait of Dover の対岸の地方では、彼の絵は、結構知られていたと、考えられます。
 Hogarth といっても、知らない人が多いかもしれません。それが証拠に Wiki の日本語版は、たったの12行と一文字だけです。英語版は、それはそれは、詳しい記述になっています。http://en.wikipedia.org/wiki/William_Hogarth
  私は、たまたま Hogarth の名前は、大学時代から知ってました。なぜ、知ってたかというと、私が学んでいた東京教育大学英文科に、Hogarth 研究家として知られる桜庭信之教授がいたからです。また、名古屋大学大学院時代には、名古屋大学出身者を中心とする18世紀英文学会というのがあって、私自身は近寄りませんでしたが、その中に、名前は忘れましたが、Hogarth の研究者がいたり、Hogarth の名前が漏れ聞こえていたので、その名は、結構馴染みのあるものでした。ところが、私の画家の友人や画商の友人の口から Hogarth の名前が出ることはなかったですね。つまり、Hogarth は、英文学上の名前だったのです。なぜか、といえば、もうお分かりのように、彼は、18世紀のロンドンの生活を描いていたわけで、18世紀英文学を研究する上で、彼の、特に版画は、大変役立ったからです。
  Hogarth については、しばらく忘れていたら、「ヴェネツィア展」での Longhi が契機になって、英文学との関連でなく、絵画史上、注文主の注文に応じて出なく、自分の好きな絵を描いた、最初の画家ではないか、ということに気づいたのです。これって、ひょっとして「大発見」かも。
 で、この後19世紀にかけて、画家や絵画がどのようになっていくか、そして、先走りますが、写真との関係は、どうなるか。そして、どーんと先走ると、smart phone とは、どういうかかわりがあるか、と話は続くのです。まだまだ、先はながーいようです。ぼちぼち飽きてきましたか。そうならそうと遠慮なく言ってください。だから、と言って、やめはしませんが。

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