ブログは、作文にあらず。作文苦手人のブログ術。

 文章を書くのは苦手、という人は、日本に限ったことではないようです。
"Reluctant writer" で google したら、21,500,000 の hits でした。
その多くは、reluctant writer に、どうやって文書を書かせるか、特に、親が子供に、という know how を紹介するものです。 その中に、先日紹介した
How Blogging Can Help Reluctant Writers
がありますが、ブログが、文章を書かせるのに役立つ、というのは、これ一件だけでした。
 先に、ちょっとサジェストしましたが、文章を書くのが苦手の人が多いのは、学校時代の 「作文教育」 に遠因がある、というのが、私の考えです。
 今日、多分明日も、それを 「話の種」 にします。
まずは、こういうことです。
 「作文」 というと、文字とおり、「文」 を 「作」 る。
小中学生のレヴェルでは、「作文」 と言いますが、高いレヴェルでは、「創作」 と言います。
「創作」 は、「創造」 の一種です。キリスト教思想では、万物の創造主として、God が、います。
日本の神道でも、そうですか? 詳しい人、教えてください。
 文章の分野で、「創作」 というと、文学作品を指します。 作ったものですから、「作品」 と呼ばれます。
単なる 「作品」 でなく、「創作品」 です。 今まで、この世になかったものを、作り出した 「作品」 です。
 要するに original なものでなければなりません。
 
 文学の世界で、「盗作」 が問題にされることがあります。 すべて original な 「創作」 であるべき、「文学作品」 に、他の人が作ったものが、紛れ込んでいると、作品全体が 「盗作」 として避難され、その 「作品」 としての価値を否定されます。
 今日の話の種は、「盗作」 問題をほじくることではないので、この話はこれくらいにします。
なぜ、この話を持ちだしたか、というと、
 学校教育で、 「作文教育」 を担当する人は、国語の先生です。 全科担任制の小学校でも、「作文」 は、国語科の学習内容として、国語科の学習指導要領にしたがってなされます。 その時点では、全科担任の小学校の先生も 「国語の先生」 です。 多分、大学時代の 「国語科教育法」 や 「国語教材研究」 と言った、教職科目で、国文科の先生に習ったことにしたがっているでしょう。
 国語教育の中で、「作品」 といえば、「文学作品」 です。創作されたもので、唯一無二の original な 「作品」 です。
 ですから、国語科で 「作文」 と言えば、「創作」 として、文学作品を 「作る」 ことになる、
と思いませんか。
 ところが、実際はそうではないですね。
 読売新聞が主催する 「全国小・中学生作文コンクール」 があります。 今年で、63回になります。
 その第62回の文部大臣賞はじめ入賞作品のタイトルを見てみると、小説物語の類はないようです。
小学校低学年の部の入賞作品は、
◇文部科学大臣賞
「心のお天気」 
◇読売新聞社賞
「はなたば」 
「おかあさんは、まほうつかい」 
「幸せの、お・ま・じ・な・い」 
「生き物大・大・大すき!」

【中学校の部】では、
◇文部科学大臣賞
「人をつなぐ 菜の花のみち」 
◇読売新聞社賞
「夏の寺」 
「私のひばあちゃん」 
「What can I do for the future?」 
「聴くということ」 

 こういう作文は、物語・小説という類の文学作品ではないですが、言ってみれば、随筆の一種です。
そして、やはり、創作的センスが要求されます。 Originality が必要です。やっぱり、その面の才能が必要です。
そういう才能のある生徒は限られていますから、その他大勢の生徒は、作文が苦手になります。
Were you one of them?

 そこで、というわけではないでしょうが、そういう才能がなくても、文章を書けるようにと考えだされたのが、
「読書感想文」 です。
「青少年読書感想文全国コンクール」
が、毎年開かれています。
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Wiki の日本語版に 「読書感想文」 という項目がありますが、その他の言語の版はありません。ということは、日本独特のものでしょうか。 他の国の事情を知っている人教えてください。
正直言って、小中学校時代、読書感想文書くの好きだった人いますか。
Twitter のホーム画面に、検索窓があります。 あそこに、読書感想文と入れてみると、出るは出るは、いっぱい出てきますよ。
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恨みつらみが多いですね。
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作文というと、新たに 「文」 を 「作り」 出さなければならない感じになります。
というか、文学的素養のある国語の先生は、そういうもの、創作的なものを好みます。
学校の 「作文」 は、点がつきます。 先生の好みにあったものが、良い点がつきます。
「理科系の作文」 では、国語の作文では、良い点がつきません。
いっそ、小説のような、創作をさせたら、それも、恋愛ものを書かせたら、喜んで 「作文」 するかもしれませんが。そういうものは、「教育的」 でないので禁じられているらしいですね。
と、くどくど言うまでもありませんが、そんなような事情で、ご賢察できるように、小中学生は、学校時代に 「作文」 を苦手になり、文章を書くことが不得意になり、 reluctant writer になっていくのです。
読書感想文を書かされることが、それに輪をかけます。
そして、ますます多くの reluctant writers が生まれます。 You are one of them.

文章を書く、というのは、何も 「文」 を 「作」 る、という 「創作」 行為とは、限らないのです。
そういうことは、一部の才能に恵まれた 「作家」 しかできないのです。
「作文」 をしようとするから、文章が書けないのです。 reluctant writer になってしまうのです。
普通の人は、「作文」 などせずに、文章を書けばよいのです。
そして、ブログは、そういう文章でいいのです。 それが、今日のタイトルです。
という話を明日にします。

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