スティーヴ・ジョブスが、世界を変えた。 Interview 1995 を見る。

 Steve Job's Lost Interview 1995 という映画がアメリカや日本でも劇場公開されて、改めて彼の先見性に気づき、話題になっています。
 1995年といえば、彼が、Apple を追われ、Next 社を創業していた時です。 その翌年に Apple に復帰し、ご承知の快進撃が始まっています。
 Jobs は、1955年2月の生まれです。 1995年といえば、彼が40歳の時です。
 この映画、DVD化され (BD はないようです)、2011年にアメリカでは発売されています。 Amazon.co.jp でも買えます。 72分の長さです。
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 Amazon.com では、224の customer reviews があり、5 star が 191、4 stars が 27 です。 残りは、3 star 4, 2 star 1, 1 star 1 です。
 書籍化もされていますが、私の調べた限り日本語版だけのようです。 この日本語版インタビューの全訳と、英語と日本語の対訳が載っているそうです。 ということは、日本語訳が二回分載っているわけで評判が悪いです。
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 YouTube に15分程度の短縮版が出ています。
 「The Music Plant 日記」 というブログに、その YouTube と、簡単な内容紹介がなされているので、それを読むとよいでしょう。
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 どうやって、このブログを見つけたか、といえば、偶然見つけました。 時々そう言ってますが、ネットは、serendipity の宝庫です。 思わぬ宝物が見つかるところです。 それも、smartphone/tablet をいじくっていると見つかります。 PC では、こういうわけには行きません。
 今日なぜ、Jobs の Interview 1995 を紹介するか、というと、
この Interview を視聴して、ちょうど年末、今年の my blogger life を総括してみようかな、
と思ったからです。 なぜ、そう思ったか、読んでくだされば、なんとなくわかるでしょう。
 
 このブログの著者は、このブログのタイトルを 「世界は共感を求めている!」 としています。
それは、著者が最初の方に引用している Jobs のことばに共感したからです。
「こういう時代に生まれ、コンピュータが開発された。これなら僕たちが世間に言いたい事を伝えられる最高の手段だと気づいた」 と。
 
 実際の interview は、どうなっているかわかりませんが、YouTube 版は、Jobs の次のことばで終わっています。
私がともに仕事をして真に優秀な人々は、コンピューターを作るのを目的とは思っていない。 手段になるから作っているだけだ。 他の人と共有したい感情をうまく伝えようとする時、最も有効な媒体がコンピューターなんだよ。
もっと昔だったら、別の人生を歩んだろうが、今の時代に生まれた彼らはコンピューターと出会った。
そして皆気づいたんだ。 "自分の言いたいことが、この機械なら表現できる” とね。

 このYouTube版を見るのには、上の YouTube の画像を tap/click してもだめです。
このサイトを、tap/click して、このブログを開いて、そこに出ている YouTube で見てください。

 Jobs たちにとって、コンピューターは、「自分の言いたいことを、表現する」 手段だったのです。
そして、その後の、特に Apple Computer の歩みを見ればわかりますが、単にことばで表現するだけでなく、画像、動画、音楽など、言葉以外での表現の手段として開発をすすめたのです。

 文字だけに頼った MS-DOS から、GUI (Graphic user Interface) を最初に採用したのは、Jobs でした。
1995年と言えば、Windows 95 が発売されて、GUI による interface が、本格化した年です。
世間は、Windows というと Microsoft が、発明したものと思っていますが、Mac Os のほうが、Windows より先でした。 確か、Jobs は、Bill Gates が、真似をして盗んだ、と、当時怒って、それから不仲になったはずですが。 Am I wrong?
 
 それは、ともかく、iPod で、音楽の聴き方を変えてしまったのも、Jobs でした。
マウスや physical keyboard という外部装置を使わず、指という人間の手で操作できる smartphone を生み出したのも Jobs でした。
 「自分の言いたいことを表現する」 手段としての コンピューターを、大げさな外部装置でなく、いわば身体の一部として使いこなせるものに進化させたのです。
 
 ここで大事なことがあります。
表現されたものは、それを受け取るひとがないと、せっかく表現した甲斐がありません。
 私に言わせれば、Jobs の偉いところは、書かれたものにせよ、画像にせよ、特に音楽の場合、受け取る側が、言ってみれば、one tap で anytime, anywhere で、好きなものをよりどりみどり受け取れるようにしたことです。 つまり、Share (共有) できるようにしたのです。 Share あって初めて 「共感」 も生まれます。
 それまでは、表現しても、それをひと目に触れるように publish することは、限られた人にしか出来ませんでした。 金もかかりました。 そもそも distribution に手間暇、時間がかかりました。 だから、手間暇・時間を掛けても採算が取れように、タダでは distribute しませんでした。 受け取る側は、時には高い金を払って、それもわざわざ買いに行かなければなりませんでした。
 それが、今ではどうでしょう。 もう言うまでもないでしょう。

 そういう時代を作ったのは、 Jobs とその仲間たちです。 それをもっと進化させようとしているのが、かっては、Jobs を mentor と仰いだ Google の人たちです。
 
 で、私が特に言いたいのは、せっかく Jobs が、切り開いてくれ、Google が更に進化させようとしている、どう言ったらいいのかな、McLuhan 的に言えば、人間を拡張してくれる media を、まだ活用してない、というか、活用しよともしない人が、自分を extend するどころか、逆に年と共に 「退化」 している人がいる、ということです。
 自分が 「退化」 するだけなら、まだ、どうせそのうち死に絶えるので、害にはならないけど、次の世代の教育に口を挟んで、やれスマホは有害だ、コンピューターオタクは不健康だ、デジタル教科書は有害だ、などと、「威光」 などとっくに失せているのに、「威光暗示」 をかけようとしている 「老害」 が結構いるのは、許せない。それを、取り上げる、同じ穴のムジナのマスコミの上層部がいるのが、許せない。 もっとも若い世代は、新聞も読まないし、テレビも見ないから、影響うけないかな。
 まだ、言い尽くせないですが、これからお墓掃除に出かけるので、ここで切り上げます。

 一言だけつけくわえてると、自分で YouTube 版を見ればわかりますが、Jobs は、通信販売の普及など、すでに Amazon の出現を予言しています。
 

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