デジタルということばが、出回り始めたのは、いつ頃?

 「アナログ」 とか 「デジタル」 ということばが、一般に出回り始めたのは、いつ頃のことでしょうか。
「アナログ人間」 とか 「デジタル人間」 が出てきたのは、その後しばらくしてからで、まだ最近のことです。
 このブログを読んでいる、40歳より若い人は、多分物心ついたころには、「デジタル」 は、よく耳にしていたでしょう。 「アナログ」 については、これから述べる理由で、最近よく耳にするようになったかもしれません。
 
 私の考えでは、「デジタル」 が出まわり始めたのは、それまで長い歴史を持っていた 「レコード」 に替わって、CD が出て来た時です。
 それは、いつ頃のことか。
 こういう時、ものを書くのに、紙と筆記具を使っている 「超アナログ人間」 は、どうするか知りませんが、「デジタル人間」 は、これから私がするように、すぐと google します。
 "CD" で google しました。 「コンパクトディスク - Wikipedia」 が、一番上に出ています。

 ざっと読んでみると、いつ出てきたかすぐ分かりました。 こういう時、「デジタル人間」 は、書き写したりせずに、c&p します。
 1982年、CDの生産が開始。 10月1日、日本でソニー、日立(Lo-Dブランド)、日本コロムビア(DENONブランド、日立のOEMで発売)から世界初のCDプレーヤーが発売。 ソニーの第1号機はCDP-101で168,000円、日立の第1号機はDAD-1000で189,000円、日本コロムビアも第1号機は日立製と同じ値段だった。
 更に、
 1984年、ソニーから5万円を切るポータブルCDプレーヤー、D50(49,800円)が発売され普及に拍車がかかった。 ちなみに原価率は200%で、1台売るごとに5万円の赤字が出た。
 
 CD は、Compact Disk のことで、この名称には、digital を表す語句は含まれていません。
しかし、この CD の録音方式が、「デジタル」 であり、0 と 1 という数字に変換されたものである、という知識は、一般常識として、「デジタル」 ということばと共に普及しました。 
 
生まれつき?「デジタル人間」 である私は、CD 発売と同時に、特にオペラ全曲盤を、新譜が出るたびに買い集め、上に紹介してあるように、最初の頃の、16万円台の CD player は買わなくて、1984年に出た、49,800円の D50 を買ったと覚えています。
 それまで、買いためてはいても、聴くことのできなかったオペラ全曲盤を聴いた時は、感激しましたよ。
確か、Aida を最初に聴いたと覚えいます。 凱旋の場の行進曲には興奮しましたね。 カラヤンの演奏だったかな。
 それまでの 「レコード」 は、特にソプラノの高音部では、音がビビったり、針がとぶ、ということもありました。 あれは、ストレスです。 CD は、そんなことは全くありません。
 オペラは、各幕が30分以上あるのが多いです。 レコードでは、一面に30分以上は収録できませんから、幕の途中で、ひっくり返さなければなりません。 あれは興趣が削がれます。 CD は、上記 Wiki にも紹介されていますが、カラヤンが、ベートーベンの 「第九」 が一面に収録できる規格を望んだということで、79分58秒まで収録可能になりました。
 一幕が、70分以上を超えるオペラは、ワグナーの楽劇にはありますが、めったにありません。
CD によって、私のオペラ人生?は、バラ色になりました。 その後、LD, DVD, BD と、どんどんバラ色は、ますます鮮やかになりました。
 それなのに、CD が出た時、多くの音楽愛好家や、音楽評論家が、CD の音は、冷たい。 レコードの温かい音しか、だめだ、とか、CD にいっぱいケチをつけました。
 デジタルカメラが出た時にも、同じようなことをいう人いましたね。 e-book では、インクの匂いがしない、というのと、根は同じです。
 
 というわけで、この時に 「デジタル」 ということばが、デビューし、世に多い 「なんでも日本語にせよ」 派の批判を受けることもなく、すんなりカタカナ語として日本語の中に入りました。
 が、それまでのレコードを、「アナログ」 という人は少なかった、というより、いなかったような気がしますが、私と同じ年代の人、覚えていませんか。
 なぜか、というと、「デジタル」 は、今までにないものだったから、それを呼ぶのに、新しい名前が要ったけど、「レコード」 は、それまでず~とあったものだから、わざわざ 「アナログ」 と呼ぶこともなかった、というのが、私の考えです。 What do you think?
 では、いつごろから、「アナログ」 が、日常語に入って来たか。 もうちょっと歴史を現在まで下ってからです。 それについては、このあと、おいおいと。
 
CD は、再生だけで、CD に録音することはできませんでした。 CD-ROM、CD-RAM で、data の記録や録音、時に録画もできるようになるのは、もっとあとです。
 CD の澄んだ音質を聞いていると (批判者はそれを冷たい音、といいましたが)、その当時のアナログ論音のカセットテープの音が、なんとなく濁って聞こえます。 特に、ダビングを重ねると、だんだん音質が悪くなります。 その点、デジタル録音は、0 と 1 という数値を copy するだけですから、どれだけダビングを重ねても音信が劣化することはありません
 
需要があれば、供給があります。 デジタル録音を切望する、audio mania の望みがやっと叶ったのは、1987年でした。 この年、Sony が、DAT 録音機を発売しました。
 手提げかばんくらいの大きさで、持ち運びできました。 10万円くらいしました。 アメリカへ、これを持って行って、SF Modular System の programs のために、友人やその子供さんたちに、たくさん録音してもらいました。
 1992年には、Sony から、デジタルマイクロカセット (NT) が、発売されました。 録音機は、手の平にすっぽり収まる大きさです。 カセットは、切手の大きさです。 当時、知り合いの ALT によく録音を頼んでいましたが、録音に出かける時は、recorder、microphone、 earphones は、全部上着のポケットにいれ、録音台本だけを手にして、会いに行きます。 相手が、不審な顔をして、録音機は、というと、やおらポケットから取り出すのです。
 デジタル録音については、
Digital recording 時代が来た。 
に、録音機の画像付きで、当時の事情が書いてあります。
 
 私の経験では、このようにデジタル機器を使うことによって、それまでのアナログ機器を使っていた時にくらべて、はるかに便利に簡便に、そして、何より小型に、どんどん安価に、いろいろなことができるようになりました。 何より、編集を重ねて、ダビングを繰り返しても、音質が全く劣化しない。 デジタルですから、そのうち、PC で編集できるようなり、編集用機器がいらなくなりました。
 
私は、このように、CD 出現時代から、デジタルのありがたさを経験しているのです。
 そういう時でも、必ず、デジタルの悪口をいう専門家がいて、紙の出版物で、ぶつぶつ言ってました。
最近では、「デジタル教科書」 に対して、紙の出版社、新聞・雑誌社にも、おだてられて、紙の出版物で、盛んにデジタル批判を繰り返す、老害学者や評論家がいます。
 
そこで、私が、つらつら?考えるのに、
そういう人たちは、自分を 「アナログ人間」 (=アナクロ人間)、とは、さらさら思っていませんし、そもそも 「アナログ」 ということばさえ、知らないかもしれないのです。 何しろ自分たちが今までず~とやってきたことですから、わざわざ名前をつけるまでもなく、当たり前のことですから。
 「アナログ」 とか 「アナログ人間」 というのは、CD 以来 (というのが私の考え)、デジタルにす~と溶けこんで、その convenience、efficiency, performance にすっかりはまっている人たちが、デジタルを怖がっているのか、毛嫌いしているのか、遠ざかっている人達を、ひそかに馬鹿にして、デジタル以前の技術を 「アナログ」、それに固執している人を 「アナログ人間」 と呼んだのだ、というのが、私の考えです。 What do you think?
 
ある世代までは、多分50代以降までは、自分を 「アナログ人間」 と意識することはなく、それが、相対的に人間として退化していることに気がついてない人が多いようです。
 しかし、40代以降、特に女性が多い感じですが、自分たちは、どうやらアナログ人間で、世の中に色々便利なデジタル media がある。 「脱アナログ」 をして、そういうものを使いこなしてみたい、と思い始めた人が出始めたようです。
 それは、多分、生まれて時から、デジタルに親しんでいる、自分たちの子供を見ていて、これは、負けてはおれん、というか、子供についていけなくなっては、とか、あるいは、これからは否応なくデジタル時代になる、自分の子供が、そういう時代に適応できるよう、自分も勉強しようと、思ったか、どうか。 30代、40代の女性でどうですか。
 
そうは言っても、デジタルになると、何が便利で、どういういいことがあるか、digital life には、金がかかるのでないか、面倒なことがいろいろあるのではないか、と、不安というか心配になる人も多いでしょう。
 明日から、もっと具体的に、digital life は、こんなに便利で、楽しくて、お金もかからない、さっさと?始めたらどうですか、という話をします。
 その前に、ちょっと考えておいてほしいですが、デジタルというと、コンピューターは、デジタルだ、と思い込んでいる人が多いではないですか。 だから、自分はコンピューターを使っているから 「デジタル人間」 だ、というのは、大間違いですよ。 なぜ? 考えておいてください。

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この記事へのコメント

kk
2014年02月17日 13:07
私の記憶では、デジタルvsアナログの区別が最初に意識されたのは時計だと思います。カシオかどこかが売り出した「デジタル時計」が、なんとなく「未来」っぽくてカッコ良く、逆にそれまでの「アナログ時計」は「時代遅れ」であるかのような感覚だったように記憶しています。おそらくその時点で、デジタルという言葉がすでに世間に認知されていたために、CDなどの普及に際しても、それがデジタル方式、すなわち音を1と0に変換して記録するという理屈が受け入れられる素地ができていたのではないでしょうか。ただ、その当時に一時的に流行っていた「アナログ方式のデジタル時計」(モーターが回って数字版がパタパタと回るやつ)がデジタル時計と呼ばれていたかどうかは記憶にありません。
(余談ですが、私の記憶で最も古い「デジタル」は、名鉄のパノラマカーについていたニキシー管の速度表示です)
ちなみに、時計の場合は、新しい「デジタル時計」に対しては従来式の物は「アナログ時計」と呼ぶしかないのですが、CDがそのまま「CD」として受け入れられてしまったために従来のレコードは単に「レコード」のままで通っているのだと思います。
(またまた余談ですが、「すぐと~する」という藤掛先生独特の表現を目にするたび、学生時代に聞いていた先生の声を思い出します)
SF
2014年02月17日 18:07
そういわれれば、確かそうですね。そのカシオの時計は、wrist watch でしたか。私は、大学院時代からwrist watch をはめたことがなかったので、気がつきませんでした。
kk
2014年02月17日 20:40
あの当時、デジタル時計は腕時計が主だったと思います。たぶん、液晶のサイズが小さくて済んだ(大きな液晶は高かった?)からではないでしょうか。

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