インターネットは、いつ始まったか。 そもそもの始めは。

Internet とは、internetworking を省略したものだ、
と昨日紹介しました。
そして、
networking とは、making of net、つまり、net を作ること、
と説明しました。
となると、問題は二つにしぼられます。
その net は、internet という net なのか、
そうだとすれば、あるいは、別の net だとしたら、
それはどういう net で、「材料」 は何か、
という問題です。

改めて考えてみると、不思議ですね。 Internet といつも言っているのに、何のネットなのか、ことばの上でも、説明でも、その材料の名前が出ていません。
漢字の場合、「網」 ですから、「糸」 編が、もともと 「繊維」 でできていたことを示しています。
その後から、金属線を使った 「金網」 が出てくると、ちゃんと 「金」 を最初につけて 「材料」 をしましています。
それが、更に比喩的に使われれると、昨日紹介したように、「道路網」 「血管網」 「鉄道網」 のように、「材料」 が示されています。
英語でも、fishing net, cooking net, highway network, canal network のように、「材料」 が分かるようになっています。
こういう例を見ると、 internet は、"inter" という 「材料」 でできた net か、と考える人がいるかも知れません。
まあ、実際に インターネットが普及した今では、それが、computer の network だ、ということくらいは、インターネットを使っている人は、だれでも知っているでしょうが。
それにしても、日本語で、「インターネットをやっている」 という言い方がありますが、そういうことをいう人は、「インターネット」 は何だ、と思っているでしょうね。
普通 「やる」 というのは、「スポーツをやる」 「パチンコをやる」 「麻薬をやる」 など、具体的なモノ・コトを行うことです。 それらのモノ・コトは、目にみえます。
インターネットは、目に見えません。 では、それは一体何なのか。 誰も不思議に思ってないようです。

インターネット関連の説明では、先にも紹介したように、その始まりは、
インターネットの歴史は1950年代のコンピュータの発展と共に始まった。
最初の ARPANET のリンクは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校とスタンフォード研究所 (SRI) の間に確立された。 1969年10月29日22:30のことである。

とされています。

しかし、この時繋がったのは、二台のコンピュータだけです。 これでは net ではありません。
net というからには、更に、network というからには、実際の、各種の 「網」 (network) をイメージしてみれば分かるように、多くのものが、網の目状に繋がっていなければ、net とか network とは、言えません。

多くの人が気がついていないでしょうが、コンピューターの network であるインターネットは、コンピューター、特に 1970年代後半に 「パソコン」 が普及した当初からあったのではないのです。
その頃のパソコンは stand alone で、それぞれ 「独立」 していて、すぐとなりに並んでいるパソコンとも、繋がってはいませんでした。

話変わりますが、皆さんは、NEC の広告などで、C&C というロゴや標語が、頻繁に出てくるのに気がついていますか。 C&C って、なんだろうと、思ったことはありませんか。
Computer & Communication の頭文字を取ったものです。 これは、当時の NEC の会長であった小林
宏治が、使い始めたものです。 このことについて、詳しくは、2011年4月4日の
C & C, Computer & Communication 始まる
に書いています。
そこから、すこし c&p します。
小林氏は、1977年、アメリカ・アトランタで開催された 「インテルコム'77」 において、コンピュータと通信の融合をうたった 「C&C」 (Computer &Communication) の理念を提唱されたのですが、日本では反響がなく、既に日本より早く personal computer が普及し始めていたアメリカの方が、いち早く C&C の理念に反応し、1979 年には、最初の commercial online services が開始されています。
 
ここにある commercial online services で、具体的に行われたのが、email の交換です。
Communication は、基本的に人と人との間で行われます。 この場合の人は、個人、英語で言えば、person で、people ではありません。 Person to Person です。
「パソコン」 などど、変な日本語を使っていると気がつかないですが、「パソコン」 とは、Personal Computer のことです。 Personal というのは、「ひとりひとり」 ということです。 Personal Computer (PC) は、一人ひとりが持って、一人ひとりで使うものです。

PC が普及する前の computer は、大型で、持ち運びも出来ず、複数の人が共同で使うものでした。 Time sharing で使っていました。 そういう computer をつなげても、そこには、P2P の communication は、生まれません。
Personal Computer が普及し始めた時に、これを、本来 personal である communication に使おうとした、小林宏治氏の先見の明は、もっと知られてもいいですね。

そして、途中経過は省略して、話を一気に進めれば、先の引用にある commercial online services として、
email を中心とする personal communication services が始まったのです。
これらの services は、personal computers をつなぐ network でしたが、この時点では、まだ "internet"
とは呼んでいませんでした。 というより、そう呼ぶことは出来ませんでした。 その事情は、後ほどわかります。
日本では、この service を 「パソコン通信」 と呼んでいました。 これは、日本独特の呼び方で、その証拠に、Wiki では、日本語版とハングル語版しかなく、英語版やその他の言語の版はありません。
このパソコン通信、
日本では、パソコンの普及にともに、当然のことながら、先ずは、NEC が、1986年に PC-VAN の運営を開始、翌 1987年に富士通が Nifty を開始、以後その他の provider も加わって、普及にはずみがつきました。結果的には、PC-VAN と Nifty による寡占状態がつつき、1996年には、それぞれ会員数200万人を超えるまでに普及しました。

この頃のバソコン通信については、先のエントリーの翌日に、
パソコン通信始める。 CompuServeで。
で、当時の事情を紹介しています。

この エントリーでも紹介していますが、この personal computer の network は、commercial なものだけでなく、アメリカでは、特に大学の campus 内の PC の network ができていて、Faculty 間の会議の通知だけでなく、学生一人ひとりにも account を持たせ、講義についての連絡なども 学生個人個人はまだ PC を持っていませんでしたが、図書館など campus のあちこちに置いてある PC を使って情報を得るようになっていました。
あの頃、交流提携先の大学の教授の研究室へ行くと、机の上には、desktop PC が、ちゃんとあったものです。 そしてそれが、学内の network で繋がっていたのです。

このように、C&C の理念によって、personal computer を繋ぐ network が、誕生しました。 そして、人々は P2P の personal communication を、personal computer で出来るようになったのです。
しかし、それは、自分が属する network の範囲内に限られていました。
つまり、当時は、いくつも network が、それぞれ、いわば閉じられた環境で、独立していたのです。
それらの、一つ一つの独立 network が、相互に接続された時に、始めて net 間、つまり、internet の network 生まれ、その internetworking が、後半を略して、internet と呼ばれるようになったのです。

この説明、どうですか。 わかりやすいですか。 今日は、一応これくらいにして、また、読み返して、足らないところろや、更に付け加えたほうがよいことがあれば、それは、また明日。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ガッツ(がんばれ!)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック