ヨーロッパのリベラル・アーツ教育は、エリート教育のため。

 モーツアルトの 『フィガロの結婚』 や 『ドン・ジョヴァンニ』、あるいは、R. シュトラウスの 『薔薇の騎士』 や 『アラベラ』、J.シュトラウスの 『こうもり』 などを見ていると、ヨーロッパには、階級があるな、ということ実感できます。
 その階級は、紆余曲折、栄枯盛衰はあったにしても、五代ギリシャ・ローマの 『自由市民』 と 『奴隷』 が元になっているのではないか、というのが、私の素人考えです。 Am I wrong?
 その 「自由市民」 の一部が貴族化して、社会のエリート層を形成し、代々受け継がれているのが、ヨーロッパ社会、というのが定説です。
 私は読んでいませんが、こんな本があります。
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この本の解説に、こんなことが書いてあります。
現代の論点として急速に浮上しつつあるエリートの教育。 近代ヨーロッパで形成され、100年前の世紀転換期に前後して急速に構造転換を遂げて現代的システムに席を譲り、そして今あらためて憧憬の対象となったかのように見える19世紀的なエリートの教育とはいかなるものであったのか。 イギリス、フランス、ドイツ、ロシアという性格を異にする4つの国をとりあげ、中等教育から高等教育をへて国家と社会のエリートにいたる経路の制度構造と社会的機能の変化、エリートたちに人格化されたその文化の内実を問う。 そこには、近代ヨーロッパに共通する教養文化の様相と各国の個性が開示されるであろう。

 『フィガロの結婚』 や 『ドン・ジョヴァンニ』 は、スペインが舞台ですが、なぜか、この本にはスペインは取り上げてないです。 そういえば、ローマの末裔であるイタリアもないですね。 なぜないか、私に心当たりないでもないですが、いい加減のことを言っては行かないので、ここでは控えておきます。 どなたか、分かる人がいたら、ぜひ、ご教示ください。

 ロシアについては、帝政ロシアと共産主義革命後では、社会構造が変わってしまったので、ここでは考えないことにします。 考えが及ばないからですが。

 この本の取り上げられているように、フランス、イギリスは、特にエリート教育が盛ん?と言われています。 ドイツのエリート教育はちょっと違うというのが、私の考えですが、これも後ほど。

これらの3つの国のエリート教育の特徴は、中等教育段階で始まる、ということです。
フランスの場合は、リセ (lycée)、イギリスの場合は、パブリック・スクール (public school), ドイツ (ドイツ語圏) では、ギムナジウム (Gymnasium) が、その教育機関です。

それぞれの Wiki から、それぞれの特徴を表しているところを c&p します。
リセは、
アリストテレスが創設した学園のリュケイオンにちなんで名付けられた。
ナポレオン1世の支持階級たるブルジョワジーのために古典人文的練成を施すことを目的とした。

パブリック・スクールは、
3歳~18歳の子供を教育するイギリスの私立学校の中でもトップの10%を構成するエリート校の名称。
ギムナジウムは、ちょっと説明が要ります。
ドイツでは、
ドイツでは、普通の小学校へ行くと、10歳で進路を決めなければならず、大学に入学するにはギムナジウムに入学するために過酷な競争に勝ち抜かなくてはならない。 しかし義務教育から中等学校までを一貫したシュタイナー学校でもアビトゥーア資格の合格率が高いため、シュタイナー学校をまねて13年間一貫教育の総合学校ができた。 アビトゥーアを受ける資格のある学校である。
ドイツの教育制度を図解した画像です。
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統合学校からも、大学受験のためのアビトゥーアを受けれるようになったのは、近年のことで、伝統的には、大学へ進学するには、ギムナジウムへ行かなければなりませんでした。
 先にドイツのエリート教育は、ちょっと違うと言ったのは、フランスのリセやイギリスのパブリック・スクールは、もともと上流階級の子女のための学校でした。
 ドイツのギムナジウムは、公立が多く、建前としては、日本と同じで、誰にでも勉強さえできれば、入れるのですが、日本でも、裕福な家庭の子女の有名大学合格率が良いように、富裕層の子女の進学率が高くなっています。
日本と同じく、1970年代から、ドイツも大学生急増期に入りますが、それまでは、これも日本と同じく、大学卒は社会のエリート層を形成していました。 日本でもミュージカルになった、『アルト・ハイデルベルグ』 に描かれているハイデルベルグ大学の学生生活を垣間見ればわかるように、大学生はエリートでした。
そういう大学生になるには、ドイツでは、ギムナジウムへ進まねばならず、そして、そこでの教育は、ギリシャ・ローマの指導者層である自由市民の教育 リベラル・アーツを範とする教育であったのです。

 ということで、エリート教育は、すでに中学校段階から始まり、大学入学まで、そういう教育を受けて育つのです。
日本の旧制高校は、年齢的にはやや高いですが、ドイツでのギムナジウムを模したものと言われています。 「教養教育」 が重視されましたが、どちらかと言うと、自由放任であったところが、勉学重視のヨーロッパのエリート教育と違うところです。 Am I right?

このように、ギリシャ以来のヘレニズム文明を受け継ぐヨーロッパ社会では、その階級制度も受けつぎ、ruling class のための、つまり、「自由市民」 になるための、liberal arts 教育を、中学生段階から、心構え、身構えとして、絶えることなく後継者を養成してきたのです。
 蛇足的ですが、「教養」 というと、勉学が主の感じになりますが、これらのエリート校では、例えばイギリスのラグビーのように、心身の鍛錬のためのスポーツが重視されています。

そして、その心構えの中には、Noblesse oblige があります。 Wiki の説明です。
Noblesse oblige is a French phrase literally meaning "nobility obliges". It is the concept that nobility extends beyond mere entitlements and requires the person with such status to fulfill social responsibilities, particularly in leadership roles.

 このこと、改めて取り上げますが、先のエントリーで、アメリカにも日本にも 「奴隷」 がいる、と言いました。
「自由民」 と 「奴隷」 の一番の違いは、時間が自由になるか、どうか、です。
たとえ、鎖の繋がれてなくても、何時から何時までと、勤務時間内は、移動の自由も、したいことの自由も奪われていては、「奴隷」 と同じです。 割りきっていえば、「人に使われている人」 は、「奴隷」 身分です。
「人を使う」 身分になって、程度はありますが 「自由市民」 と言えるのです。
 ヨーロッパの liberal arts 教育は、どうやらそういう 「自由市民」 を育てるためのようです。 What do you think?
そして、明日のトピックですが、階級社会ではないが、階層社会のアメリカでは、liberal arts を身につけて social ladder を上がり、「人を使う身分」 の 「自由人」 志向が強いのです。

で、改めて、注意を喚起したいのは、liberal arts 教育をしないと、日本の次の世代は、「使われる人」 ばかりになってしまわないか、ということです。 What do you think?

最後の方、やや散漫になりましたが、このこと、改めて、うまくまとめます。

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