21世紀の 「英学」 は、前野良沢の志を受け継ぐ 英語による 「知の冒険者」 によって拓く。
菊池寛の 『蘭学事始』 の話で、「事始め」 当時の 「蘭学」 について、そういうことがあったのか、
それが、その後の 「知の冒険者たち」 の 「蘭学」 のもとになったのだな、
と思うに至った経緯が書いてあります。
菊池寛の 『蘭学事始』 は、言ってみれば、司馬遼太郎の一連の歴史もののように、事実に基づいた創作ですから、どこまでが事実で、どこからが菊池寛の創作か、わかりませんが、
小説家の筆になると、真実味を帯びてきます。 事実より、真実を、信じます。
次のくだりです。
玄白の志は、ターヘルアナトミアを一日も早く翻訳して、治療の実用に立て、世の医家の発明の種にすることだった。 彼は、心のうちで思っていた。 漢学が日本へ伝来して大成するまでには、数代、数十代の努力を要している。それと同じように、蘭学の大成も、数代を要するに違いないと思っていた。 彼は、そうした一代に期しがたい大業を志すよりも、一事一書に志を集めて一代に成就することを期するに如しかじと思っていた。 五色の糸の乱れしは美しけれども、実用に供することは赤とか黄とかの一色に決し、ほかは皆切り捨つるに如しかずと思っていた。
従って、彼は、ターヘルアナトミアの翻訳に余念もなかった。 彼は一日会して解し得るところは、家に帰ってただちに翻訳した。
が、良沢の志は遠大だった。 彼の志は蘭学の大成にあった。 ターヘルアナトミアのごときは、ほとんど眼中になかった。 彼は、オランダのことごとくに通達し、彼かの国の書籍何にても読破したい大望を懐いていた。
最初、一、二年は、良沢と玄白との間に、なんら意見の扞格かんかくもなかった。 が、彼らの力が進むに従って、二人はいつも同じような口争いを続けていた。
「このところの文意はよく分かり申した。 いざ先へ進もうではござらぬか」
玄白は、常に先を急いでいた。 が、良沢は、悠揚として落着いていた。
「いや、お待ちなされい。 文意は通じても、語義が通じ申さぬ。 およそ、語義が通じ申さないで、文意のみが通ずるは、当あて推量と申すものでござる」
良沢は、頑として動かなかった。
「玄白の志は、ターヘルアナトミアを一日も早く翻訳して、治療の実用に立て、世の医家の発明の種にすることだった。 」
のに対し、
「が、良沢の志は遠大だった。 彼の志は蘭学の大成にあった。 ターヘルアナトミアのごときは、ほとんど眼中になかった。 彼は、オランダのことごとくに通達し、彼かの国の書籍何にても読破したい大望を懐いていた。」
ということです。
私の考えでは、その後の 「蘭学」 のあり方を 「知の冒険」 にしたのは、この前野良沢の志だった、
と、菊池寛の 『蘭学事始』 を読んで、悟った?のでした。
杉田玄白らの 『解体新書』 の刊行は、1774年です。 『蘭学事始』 は、1815年に完成ということです。
先に紹介した、「武雄蘭学」 は、その後に発展したものです。 それが、先に紹介したように、西洋の諸科学を網羅したものであったのは、前野良沢の志が反映したものでしょう。 私の勝手な推量ですが。 私が小説を書くなら、そのような 「真実」 を書きます。
まあ、それはどうでもいいですが、私が残念でならないのは、「蘭学」 に代わって 「英学」 が隆盛になった時、「英学者」 たちの中に 「知の冒険者」 がいなかった、ということです。 こんなこと断言してもいいかな、とは思いますが。 でも、いなかったようではないですか。 誰かいたら、教えてください。
少なくとも、大正・昭和と下るにつれ 「英学」 は、英語学と英文学の狭い路地に閉じこもってしまいました。 そして、その体質?は、現代の 「英語」 学者にも受け継がれています。 例外はあります。 いちいち名前は挙げませんが。
世間の人は、知らないでしょうが、どれほど狭い路地に住んでいるか、というと、例えば、英文学者に専門は何かと訊いてみてください。 大抵の返事は、作家名です。 私の専門は James Joyce です、とか。
Shakespeare ともなると、専門は Shakespeare という人はなく、その作品名を言う人もいます。
私の大学院時代の同級生で、Joseph Conrad を 「専門」 にしている S君がいますが、彼は、ずっと一つの作品だけを (確か Heart of Darkness) だけを研究し、それで学位をとりました。
そういうのは、極端な例ですが、通称 「英文科」 出身の 「研究者」 といわれる大学教員で 「知の冒険者」 は、ほとんどいません。
また、悪口になりました。
とまあ、そういうわけです。 だから、この間から言っている、
「アメリカなどで、日々新たにネット上で publish される、言ってみれば、21世紀の Liberal arts に必要な知識・技術」 を、
英語が読めない、読もうとしない日本人に、今の 「英語」 学者に日本語にしてもらおうとしても、無理な話です。
特に緊急のものとしては、地球温暖化についての EPS のサイトにあるような tips は、そういうことに、全く関心もなければ、知識もない、「英語の専門家」 に頼んでも無理な話です。
では、どうしたらよいか、というのが、これからの肝心な話です。
で、いつものように明日のこととなります。
それが、その後の 「知の冒険者たち」 の 「蘭学」 のもとになったのだな、
と思うに至った経緯が書いてあります。
菊池寛の 『蘭学事始』 は、言ってみれば、司馬遼太郎の一連の歴史もののように、事実に基づいた創作ですから、どこまでが事実で、どこからが菊池寛の創作か、わかりませんが、
小説家の筆になると、真実味を帯びてきます。 事実より、真実を、信じます。
次のくだりです。
玄白の志は、ターヘルアナトミアを一日も早く翻訳して、治療の実用に立て、世の医家の発明の種にすることだった。 彼は、心のうちで思っていた。 漢学が日本へ伝来して大成するまでには、数代、数十代の努力を要している。それと同じように、蘭学の大成も、数代を要するに違いないと思っていた。 彼は、そうした一代に期しがたい大業を志すよりも、一事一書に志を集めて一代に成就することを期するに如しかじと思っていた。 五色の糸の乱れしは美しけれども、実用に供することは赤とか黄とかの一色に決し、ほかは皆切り捨つるに如しかずと思っていた。
従って、彼は、ターヘルアナトミアの翻訳に余念もなかった。 彼は一日会して解し得るところは、家に帰ってただちに翻訳した。
が、良沢の志は遠大だった。 彼の志は蘭学の大成にあった。 ターヘルアナトミアのごときは、ほとんど眼中になかった。 彼は、オランダのことごとくに通達し、彼かの国の書籍何にても読破したい大望を懐いていた。
最初、一、二年は、良沢と玄白との間に、なんら意見の扞格かんかくもなかった。 が、彼らの力が進むに従って、二人はいつも同じような口争いを続けていた。
「このところの文意はよく分かり申した。 いざ先へ進もうではござらぬか」
玄白は、常に先を急いでいた。 が、良沢は、悠揚として落着いていた。
「いや、お待ちなされい。 文意は通じても、語義が通じ申さぬ。 およそ、語義が通じ申さないで、文意のみが通ずるは、当あて推量と申すものでござる」
良沢は、頑として動かなかった。
「玄白の志は、ターヘルアナトミアを一日も早く翻訳して、治療の実用に立て、世の医家の発明の種にすることだった。 」
のに対し、
「が、良沢の志は遠大だった。 彼の志は蘭学の大成にあった。 ターヘルアナトミアのごときは、ほとんど眼中になかった。 彼は、オランダのことごとくに通達し、彼かの国の書籍何にても読破したい大望を懐いていた。」
ということです。
私の考えでは、その後の 「蘭学」 のあり方を 「知の冒険」 にしたのは、この前野良沢の志だった、
と、菊池寛の 『蘭学事始』 を読んで、悟った?のでした。
杉田玄白らの 『解体新書』 の刊行は、1774年です。 『蘭学事始』 は、1815年に完成ということです。
先に紹介した、「武雄蘭学」 は、その後に発展したものです。 それが、先に紹介したように、西洋の諸科学を網羅したものであったのは、前野良沢の志が反映したものでしょう。 私の勝手な推量ですが。 私が小説を書くなら、そのような 「真実」 を書きます。
まあ、それはどうでもいいですが、私が残念でならないのは、「蘭学」 に代わって 「英学」 が隆盛になった時、「英学者」 たちの中に 「知の冒険者」 がいなかった、ということです。 こんなこと断言してもいいかな、とは思いますが。 でも、いなかったようではないですか。 誰かいたら、教えてください。
少なくとも、大正・昭和と下るにつれ 「英学」 は、英語学と英文学の狭い路地に閉じこもってしまいました。 そして、その体質?は、現代の 「英語」 学者にも受け継がれています。 例外はあります。 いちいち名前は挙げませんが。
世間の人は、知らないでしょうが、どれほど狭い路地に住んでいるか、というと、例えば、英文学者に専門は何かと訊いてみてください。 大抵の返事は、作家名です。 私の専門は James Joyce です、とか。
Shakespeare ともなると、専門は Shakespeare という人はなく、その作品名を言う人もいます。
私の大学院時代の同級生で、Joseph Conrad を 「専門」 にしている S君がいますが、彼は、ずっと一つの作品だけを (確か Heart of Darkness) だけを研究し、それで学位をとりました。
そういうのは、極端な例ですが、通称 「英文科」 出身の 「研究者」 といわれる大学教員で 「知の冒険者」 は、ほとんどいません。
また、悪口になりました。
とまあ、そういうわけです。 だから、この間から言っている、
「アメリカなどで、日々新たにネット上で publish される、言ってみれば、21世紀の Liberal arts に必要な知識・技術」 を、
英語が読めない、読もうとしない日本人に、今の 「英語」 学者に日本語にしてもらおうとしても、無理な話です。
特に緊急のものとしては、地球温暖化についての EPS のサイトにあるような tips は、そういうことに、全く関心もなければ、知識もない、「英語の専門家」 に頼んでも無理な話です。
では、どうしたらよいか、というのが、これからの肝心な話です。
で、いつものように明日のこととなります。

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