「採点」は「紙時代」の遺物。何のためにするのか?誰のためにするのか?

 学校教育に欠かせない、というか、欠けてもいいけれど、むしろ、欠けたほうがいいけれど、なぜか、ずっと不可欠に存在しているものに、試験、テストが’あります。そして、その結果を「採点」することが、不可欠的に行われています。
 試験・テストをしても「採点」することは不可欠ではない、と言ったらびっくりする人が多いでしょう。
特に、教える側からすれば、「採点」しない試験・テスtなど意味がない、と思っているでしょう。
 かくいう私は、試験の類が大嫌いで、岐阜大学時代は、大学入試をのぞいて、担当するクラスに試験をしたことはありません。従って「採点」したこともありません。

 それでは、どうやって、成績をつけるか、というと、
そもそも成績をつけないのです。
 大学時代にも「心ある」人の間では、A.B.C のような「格付け」の成績をつけるのでなく、「合」「否」だけでいいのでは、という議論がありましたが、成績評価することが、大学教授の、あるいは、教員の権威の元だと考える人のほうが多いので、そういうことは、現在に至るまで実現していません。
 で、私は、どうしたか、というと、全員 Aにしていました。最初教務係は、訝っていましたが、成績評価は教員の裁量ですから、異論は言えません。他の大学ではそういうわけには行かないだろう、と言われるでしょうか、そもそも、私は他の大学へ非常勤で行ったことがないので、そういう杞憂はする必要ななかったです。
 ただ、2年ほど、先輩教授に是非にもと頼まれれ、近所の私立短大へ非常勤に行かされたことがありますが、その時も、確か全員Aにしてしまったはずです。

 そこで、今の看護短大です。ここは、事細かく試験の点数が80-100はAとか、何点までは B とかきまっています。どうしたものか、迷いましたが、文句あるならやめるまでのことですから、やっぱり全員100点満点のAにしてしまいました。ただし、課題提出を怠っていた数人の学生は、不合格として、「体面」?を保ちました。
 前期をそうしたら、昨年度から代わった学長が、成績評価は、ちゃんと形のある答案用紙を添えて提出すること、と指示してきました。細かい経緯はどうでもいいので省きますが、そんなら、ということで、答案に代えて、各学生毎の紙の進度表を添えて、このとおり、ちゃんと課題を全部完璧に達成したので、そういう学生は全員100点のAです、と言って成績を提出しました。そういうわけなのか、私には引き続き2年生を担当することを拒否してきました。

 という話はどうでもいいですが、ことは、「紙」です。
成績を「紙」の答案用紙でで出せ、というのは、皆さんご存知のように、
試験は、「紙」で行います。「紙」に答を書くわけです。
あれを、「答」用紙と呼ぶのは、そこに書かれているのは、「答」とは限らないからです。学生・生徒は、これが「答」かなと考えた「案」なのです。
 「答」が書かれていれば、100点です。「案」ですから、「案」が間違っていれば、減点されます。
「答案」の採点は、加点方式でなく、減点方式です。全部が「答」になっていれば、「満点」です。「満点」には、100点が与えられるのが通常ですから、「100点満点」という言い方をすることもあります。
 イギリス英語では、full marks、アメリカ英語では a perfect score です。
アメリカの学校・大学では、点数をつけるより、ABC で「採点」する向きが多いです。だから、a perfect score と単数形になるのです。では、A が a perfect score か、というと、A+というのがあって、これが the perfect score のようです。A- というのもあります。
 それはそれとして、日本では、もっぱら点数をつけます。「採点」というと、「点」と「採る」だから、「点数」を集めるみたいですが、実態は、先に指摘したように、「減点」方式です。言ってみれば、生徒の学習のアラ探しのようなものです。そういうことをしていると、悪い面だけが目につきます。What do you think?

 なぜ、私が「採点」を嫌うか、というか、避ける、かというと。
採点すると、満点を取る学生・生徒がいる一方、いつも50点くらいしか、あるいは、もっと低い点数しか取れない学生・生徒がでてきます。
 そういうことを繰り返していると、クラスの中で、得点が固定化されてきます。そして、いわゆる「できる子」と「できない子」の区別(というより差別)が生じてきます。
 学校で、あの子はよくできる、あの子は出来が悪い、というのは、「採点」の結果なのです。
"採点 英語" と google すると、
画像

 そうなのです。「採点」とは、学生・生徒を、「できる子」「できない子」と grade に分けることなのです。grade に分けるというのは、例えば5段階評価のように、クラスの生徒を、5,4,3,2,1 の grade にわけて、そこへ割り振るのです。あの子は、「5の子」、この子は「1の子」のように。
 そして、その結果の実態は、意図的にそうしている向きもありますが、最高の grade 5 が、最も少なく、中間の grade 3 のグループが、もっとも多いというようになっています。Am I right?
 そして、皆さんも振り返ってみれば思い当たるでしょうが、最低の grade 1 に属するグループは、次第に固定化され、そこからなかなか抜け出すことはできません。そして、「できない子」というレッテルが貼られます。
 言われるところによると、学業で固定化したgrading をひっくり返す?チャンスを与えるために部活という別の grading に力を入れる、という説があります。Am I wrong?

 学業成績を、「答案」の「採点」によって行なっている教師の頭の中には、学生・生徒の grading が出来上がっているはずです。What about you?
 「試験」も、従って「採点」も行わない私の頭の中には、今までの学生の grading、つまり、「できる子」「できない子」という区別(差別)は、今も振り返ってもないようです。「怠けた子」「真面目な子」という人間性に関わる認識はありますが、これは grading ではないですね。
 昨年度と今年度の看護短大の学生にも、そういう grading はないですね。何しろ全員 100点満点でしたからね。というか、これは、明日の話になりますが、100点になるまでやらせましたからね。

 「採点」は、「紙」を使って「答案」を書かせるから、できることなのです。
「紙」を使わずに、smartphone で、「答案」をメールで送らせたらどうなるか。
 今までの大学・学校教育で行われたことのないことです。
 多分私だけが、やっていることです。ただし、試験の「答案」ではなく、課題の「答案」です。

 今までの ブログエントリーで、見当はつくと思いますが、’改めて、「採点」という観点から取り上げてみます。
 長くなるので、今日はこれで切り上げて、その話は明日以降に。

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