『英語ものしり帖』「首の巻」<日本の斬首刑>

日本の「斬首刑」

西洋では、「斬首刑」は、上流階級の「特権」でした。日本ではどうでしょう。

Wiki の「日本における死刑の歴史」
の江戸時代の項に次の記述があります。

酷刑の傾向は江戸時代初期まで続いたが、あまりに残虐な刑罰はやがて廃止された。武士に対しては切腹または斬首、武士でない階級には磔、鋸挽、火罪、下手人、死罪、獄門が適用された。切腹は武士としての名誉を尊重する形式であり、斬首は不名誉刑として不名誉な罪に対し行われた。

武士でない階級の死刑の中で、最初の3つ「磔、鋸挽、火罪」はどういう刑か見当がつくでしょう。上記 Wiki の記事には、すべてリンクがあるので、詳しくはそこへ行ってください。
最後の3っつ「下手人、死罪、獄門」の区別が分りませんが、すべてリンクがあるので、これらもそれぞれのサイトへ行けば。どういう刑罰か分かります。
とりあえず、肝心なところだけ、c&p します。

「下手人」
その中で最も軽い刑罰が「下手人」である。斬首(刀で首をはねる)により殺害する刑で、他に付加的な刑罰は科されない。引取り人がいる場合には、処刑後に死骸を引き渡し弔うことも許されていた。刀剣の試し斬り等に使用することは認められていなかった。

「死罪」

斬首により命を絶ち、死骸を試し斬りにする斬首刑の刑罰のこと。付加刑として財産が没収され、死体の埋葬や弔いも許されなかった。罪状が重い場合は市中引き回しが付加されることもあった。

「獄門」
斬首刑の後、死体を試し斬りにし、刎ねた首を台に載せて3日間(2晩)見せしめとして晒しものにする公開処刑の刑罰。梟首(きょうしゅ)、晒し首ともいう。付加刑として財産は没収され、死体の埋葬や弔いも許されなかった。

現代の私たちにとって、江戸時代の死刑は、時代劇の映画やドラマで、もっとも見る機会の多いものです。

Wiki を参照すると、
武士と武士でない階級では、死罪に区別があり、西洋では身分の高い人の「特権」?であった「斬首」が平民でも行われていたことがわかります。

「切腹」は、斬首刑ではない

武士の場合は、時代劇でもお馴染みのように、「切腹」は、主君から「賜る」名誉ある死(刑)でした。
上記 Wiki のリンクから「切腹」に行くと、このような説明があります。

日本の封建時代の道徳観念のもとでは、不始末が生じた場合にその責任をみずから判断し、自分自身で処置する覚悟を示すことで名誉を保つ社会的意味があり、「自決」また「自裁」とも称された。
近世以降は、自死のみならず処刑方法としても採用されたが、切腹させることは「切腹を許す」と表現され、切腹の場所には新しい畳を重ねて敷き、幔幕をめぐらすなど念入りに整えられ、対象者を武士待遇に扱い、名誉を保証する処刑方法であった。
より罪の重い者には、百姓町人身分に対する斬首や磔、絞首刑などが科せられた。


時代劇映画やドラマで切腹の場面を見ることがよくあります。その際、介錯人と言われる存在が、切腹する人間の後ろにいて、切腹する人間が、刀を腹に突き立て、割腹するとほぼ同時に、刀を振り落して、首を斬り落とします。(後述するように、実際は切り落とさない)
これは、切腹する人間の苦痛を長引かせないための寛容の行為です。

下の画像は、幔幕をめぐらした切腹の場と介錯人の存在を示したものです。
画像


西洋の貴人が斬首されるときには、headsman という専門の?首切り役人が、罪びとの首を斬り落としました。つまり、behead しました。そして、behead した首 head を高々と掲げて見物人?に見せびらかしました。

しかし、切腹の場合の介錯人には、首を斬り落とすことはせず、首の皮一枚残して、「首を斬る」技が求められました。
なぜか、と言えば、切腹を「賜った」人は、罪びとであるとは言え、名誉を保って死ぬわけで、死んだ後は、さらし首になったり、そのまま捨て置かれるわけでなく、ちゃんと、多分棺桶に入れられて家族、親族らに手厚く葬られることが許されていました。
そのためには、首 head が胴体 body から、切り離されていては、元に戻すのに大変です。首の皮一枚でもつながっていれば、すぐ元に戻せます。

これが、武士でも罪が重くて「斬首刑」になるものや、先に紹介した平民の「獄門」などは、切り落とした首 head を、時には竿の先に突き刺して市中引き回しの後、獄門に晒し首にしなければならないので、首head をバッサリ胴体 body から切り離す behead する必要があったのです。

「切腹」という、まさに「武士道」ゆえの死罪における介錯人の役目は、西洋の「騎士道」にはありません。
「首を斬る」と言えば、それは headsman のすることだ、と絵画を通じて、その様子を知っている西洋の人には、「武士道」の介錯人がどういうことをするか、先にそのイメージ画像を紹介したおどろおどろしい headsman とは、その衣服、立居振舞などまったく異なることなど理解を超えているでしょう。

新渡戸稲造は、武士道について英語で書いた *Bushico: The Soul of Japan* という本があります。
画像

そのなかで、次のように介錯人の立場を紹介しています。

He was accompanied by a kaishaku and three officers, who wore the jimbaori or war surcoat with gold tissue facings.
The word kaishaku it should be observed, is one to which our word executioner is no equivalent term.
The office is that of a gentleman:
in many cases it is performed by a kinsman or friend of the condemned,
and
the relation between them is rather that of principal and second than that of victim and executioner.
In this instance the kaishaku was a pupil of Taki Zenzaburo, and was selected by friends of the latter from among their own number for his skill in swordsmanship.


これは、Taki Zenzaburo という武士が実際に切腹した際の「介錯人」の説明です。
大事なポイントは次のことです。
「介錯人」は、あえて英語に訳せば headsman です。
それでは、まったく違ったイメージを与えてしまいます。そこで新渡戸は、あえて、英訳せず、kaishaku とローマ字で書いています。
そして、kaishaku という word は、西洋における beheading の executioner とは、no equibalent term (まったく当てはまらないことば)だと書いています。
そして、その役目は、首斬り役人のそれではなく、gentleman の office である、と説明します。headsman という存在は、gentleman とはかけ離れていますからね。
その役目は、身内か友人が引き受けるものであり、victim と executioner (斬られるものと斬るもの)という関係ではなく、主役と脇役の関係だ、と説明します。
この Taki Zenzaburo の場合は、介錯人は、彼の門下生であり、彼の友人たちによって、その剣術の腕を見込まれて選ばれたのでした。
「介錯人」の役目は、切腹の苦痛を長引かせることなく、もっとも適切なタイミングで、首の皮一枚残して、首を斬って絶命させることですから、よほどの剣の達人でないと務まらないのです。

この本の電子版は Kindle Store で、$1.00 以下で即座に download できます。Taki Zenzaburo で search すれば、この記述の scene がすぐ見つかります。
紙の本では、想像もつかないことです。

ところで、介錯に際して、首の皮一枚残すかどうかは、土地によって、また、時代によっても違いがあるようです。
興味ある人は、下記の Wiki のサイトへ行ってみてください。
切腹
Seppuku

このように武士の切腹は、名誉ある「死」でした。
しかし、武士でも、その罪によっては、切腹は許されず「斬首」されることもありました。
有名な例では、新撰組隊長近藤勇、関ヶ原の合戦の西軍の大将石田三成がいます。

そこでです。近藤勇、石田三成の「斬首」について、
Isami Kondo was beheaded.
Mitsunari Ishida was beheaded.

と英語で書かれているのを読んだり、あるいは、そう言われるを聞いた英語の分かるヨーロッパの人は、
なるほど、彼らは、侍で、しかも身分が高かったらから、Mary Stuart や Marie Antoinette のように behead されたのだなあ、と思うかも知れません。
しかし、その首が、
The of Isami Kondo was on public display for several days.
The head of Mitsunari Ishida was displayed for public view for many days.

という文が続いたら、
「えっ、どういうこと?」
と思うでしょう。
ヨーロッパでは、beheaded された、身分の高い人の head が、「晒し首」になることはなかったとは言えないでしょうが、普通はないことだからです。

つまり、日本とヨーロッパでは、「斬首刑」に対する感覚が違うのです。

今一度まとめてみると、
ヨーロッパでは、「斬首刑」は、身分の高い人に対する死刑。
日本では、「斬首刑」は、身分の低いか、侍など身分の高い場合は、その罪が重い者に対する死刑。

身分の高い罪人の場合は、「切腹」という名誉ある死を許され、刑場ではなく、しかるべきしつらえられた「式場」で儀式として行われた。
その場合、「切腹」による死に至るまでの苦痛を短くするために、介錯人によって「首」を斬られるが、「首」は斬り落とされることなく、首の皮一枚残して、前に垂れるように斬られた。
介錯人は、ヨーロッパの headsman のような下賤のものでなく、切腹する者の縁者など、身分のあり、なお、剣技にすぐれた者が選ばれた。
切腹した死者は、縁者に引き渡され、手厚く葬られた。

死罪として「斬首刑」になった場合は、首は切り離され、重罪の場合は、晒し首にされた。

ということです。

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