『英語ものしり帖』「首の巻」<蝶々夫人の場合>

蝶々夫人の場合

女性の「自決」と言えば有名なのが、Puccini の opera Madama Butterfly (蝶々夫人)です。
その最後の場面の自決のシーンですが、演出によっていろいろ違います。下の画像を見てください。
画像


上の段の最初の二つは、喉を突こうとしています。一番左の場合は、「切腹」しています。
下の段の三つは、首を切ろうとしています。

実際のト書き、または原作はどうだった、と言うと、
Madame Butterfly (short story)
In despair Cho-Cho-San rushes home. She bids farewell to Suzuki and the baby and shuts herself in her room to commit suicide with her father's sword. After the first thrust of the sword, she hesitates. Although she is bleeding the wound is not fatal. As she raises the sword again, Suzuki silently enters the room with the baby and pinches him to make him cry. Cho-Cho-San lets the sword drop to the floor. As the baby crawls onto Cho-Cho-San's lap, Suzuki dresses her wound.
このあらすじ紹介で、the first thrust of the sword というのは、喉を突く行為と解釈されます。

Synopsis (musical numbers)
Butterfly takes the knife and walks behind the screen. The knife clatters to the floor as Butterfly staggers from behind the screen with a scarf around her neck. She kisses her child and collapses. From outside, Pinkerton cries, "Butterfly!" and rushes in ? but it is too late: Butterfly is dead.
ここに描かれている状況では、どうやら頸動脈を切ろうとしたけれど、浅手だったようで、首に包帯上のものを巻きつけて、屏風の後から出てきた、となっています。その後出血多量で死んだようです。

MET Synopsis
After saying an emotional goodbye she blindfolds the child. Then she stabs herself as Pinkerton is heard from outside calling her name.
このメトロポリタン歌劇場のあらすじ紹介では、胸を突いて自決しようとした、と解釈されます。

このように、蝶々夫人の自決の仕方は、演出家によって、
首(頸動脈)を切る cut neck
喉を突く thrust throat
切腹する commit harakiri suicide
胸を突く stab chest

の4種類が主なものとしてあります。

私見では、西洋の演出家には、stab chest が多いように思われます。
なぜかというと、西洋の女性が「自決」する場合には、stab chest が多いからです。

Lucretiaの場合

そのもっとも有名な例は、ローマ時代帝政崩壊のきっかけとなった Rape of Lucretia で有名な Lucretia の自決を描いた多くの絵画に見られます。
絵画だけでなく、Shakespeare など多くの文学作品にも登場する話です。

2016年10月15日(土)-2017年1月15日(日)国立西洋美術館(東京・上野)で開催された、日本初、クラーナハの大回顧展にも何枚か出典されていましたが、
Cranach は、Lucretia の自決場面を何枚も描いています。
下の画像の上段の3枚が Cranach によるもので、下段の3枚は他の画家によるものです。全部 stab chest です。
画像

こういう絵画や文学作品に親しんでいる西洋のオペラ、演劇演出家が、蝶々夫人を演出すると、Lucretia 風になるか、または、喉を突くのが主流になってしまうのです。
または、侍の娘だから、侍がする harakiri をした、という解釈をする演出家もいるわけです。

切腹する蝶々夫人

ここで、分からないことがあります。
1986年のシーズンに、ミラノのスカラ座で、浅利慶太演出、青山圭男舞台装置、森英恵衣装、林康子主演のオール日本人キャストとも言うべき蝶々夫人が上演され、話題になりました。当初は、今はなくなったビクターの VHD で映像化され、のち DVD でも出たので、観た人もいるでしょう。
その演出では、蝶々夫人は、切腹しているのです。
原作では、ちゃんと首を切って自決しているのに。浅利慶太氏には、それなりの意図があったでしょう。
そのことは、2007年の再演を見た人が下記ブログに記しています。

首を切らないわけ

西洋の女性が、自決するのに、「突く」ことを好んで?「切る」ことを嫌った?のには、それなりの理由があります。私見です。
太田選手の活躍もあって、オリンピックでフェンシングの試合を見た人も多いでしょう。また、映画で、ヨーロッパの騎士の戦闘、決闘場面を見たこともあるでしょう。
日本人にとっては、お馴染みのチャンバラ場面や、剣道の試合と比べて、どちらも「剣」sword というものを使っているのに、大きな違いがあるのに、気が付いていましたか。
西洋剣術では、「突く」のが基本ですが、日本剣術では「切る」のが主流です。

ちょっと余談ですが、剣術では「切る」が主流と言いましたが、現代の「剣道」では、面・小手・胴・突きが、4っつの基本技で、なぜか「切る」がないですね。
人を「切る」のが目的の「剣術」と、精神修養が目的の現代の「剣道」との違いでしょうか。

日本人の主婦が、欧米で生活すると、入管などで引っかかるから包丁の類を持って行くわけにはいかないので、現地で包丁を買うのですが、切れ味がまったく違うとこぼす人が多いです。

こんなブログ記事があります。
欧米の刃物と日本の刃物の根本的な違い
その中にこんなことが紹介されています。
「ゾーリンゲンの庖丁は、肉の塊をまな板の上で力任せに叩き切り、引き裂くものだと我々は思っていた。しかし日本のスシ(刺身)庖丁は全く違った使い方をする。


そんなわけですので、欧米では、刀で首を切るわけにはいかないのです。突くしか仕方がないのです。

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