『xという患者』鮮烈な芥川像を示す異色作

 今日の日経読書欄、面白い本を見つけました。
この本です。
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記事の見出しは「鮮烈な芥川像を示す異色作」
作者は1,967年英国生まれの作家。
翻訳者は、黒原敏行。プロの翻訳者です。
https://bit.ly/2Vsvi8s

評者は、阿部公彦 東京大学の英文学教授
https://bit.ly/2YiI5ar


この評文で、私の目を引いたのが、次の一節。

やがて老婆は何か呟き、囁き、溜息をつき、呻きながら、死骸の群れの上を這う、這って行く、梯子の口まで来ると、顔を倒(さかさま)にして、髪を垂らし、梯子を見下ろし、門の下の、黒洞々(こくとうとう)たる夜を覗きこむ。

この文、英文からの訳者の翻訳です。
一体、元の英文は、どうなっているのか、と興味をそそられました。
そこで、早速 Amazon.com で Kindle Edition を購入。この本です。

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読み出す前に、”old woman" で 本文 search したら、この箇所の英文がすぐ見つかりました。紙の本では、こういうわけには行きませんね。い

"Then murmuring and muttering, now sighing and groaning, she crawls, she crawls, over the corpses, to the top of the stairs, her hair hanging down, down over her face, she peers down the stairs, staring under the gate, staring out, out, into the dark and empty night…"

訳者は、この英文を上のような日本文に訳したわけです。

「老婆」は、原文では、"old woman" です。
現に私は、これで search したわけです。
しかし、「老婆」と ” old woman" では、イメージが違いませんか。
大津市で幼稚園児死亡事故を起こした drivers は、英語で言えば、old woman ですよね。
「老婆」ではないですね。

Ernest Hemingway に The old man and the sea という短編小説があります。日本語の訳本の題名は、『老人と海』です。
しかし、あの小説で、sharksと格闘する the old man は、「老人」ではないですね。

訳文に描かれた「老婆」の様子は、芥川の小説でイメージする老婆の姿を彷彿させます。
しかし、英語の原文の old woman からは、芥川の「老婆」のイメージは、芥川の小説を読んでないと、浮かべることは難しいでしょう。

そう考えると、この本に限って言えば、英文の原文を読むより、この名訳の訳本を読んだほうが、「鮮烈な芥川像」を理解できるでしょうか。

ともあれ、私は原文のKindle 英語版を買ってしまいました。訳本は買いません。
これから、Kindle 版を読んで、「鮮烈な芥川像」を把握できるかどうか、試してみます。
ただし、英語国の読者との違いは、私は芥川全集を持っていて、その作品はほとんど全部読んでいる、ということです。
さあ、どうなるでしょうか。こういう読書の楽しみ、というのもあり、ですね。

 このエントリー公開した後の付け足しです。

 この本の著者は、現在日本在住だそうです。芥川作品は、多分日本語で読めるはずです。
ですから、上記の作品からの引用の場面は、芥川の原作を英訳したものです。そして、この本の翻訳の上記引用は、その英語を日本訳したものです。訳者は、芥川の原文をそのまま使うこともできたはずです。そうしたかどうか、確かめるために、芥川の原文を探してみました。原文はこうです。

しばらく、死んだように倒れていた老婆が、死骸の中から、その裸の体を起したのは、それから間もなくの事である。老婆はつぶやくような、うめくような声を立てながら、まだ燃えている火の光をたよりに、梯子の口まで、這って行った。そうして、そこから、短い白髪を倒にして、門の下を覗きこんだ。


芥川龍之介が生きていて、上記の翻訳文を読んだら、どういうでしょうね。やっぱり、自殺するかな。


ところで、余談ですが、私が、上記原文を、どうやって見つけて、ここに c&p したか、分かりますか。
昔買った紙の芥川全集は見ていません。書き写しもしていません。このこと、この後のブログで取り上げている Curation 術と関係しています。いずれそのときに種証を。

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この記事へのコメント

dari
2019年05月11日 21:54
世界に衝撃を与えた『羅生門』のモノクロ映画を思い出しました。
イメージ豊かな表意文字である日本語作品を映画にするとああなるのかな。

老婆とOld woman では、イメージの激しい違いがありすぎますね。
雨月物語とか近松門左衛門の作品などの幽遠で幻想的な世界を英語でどの様に翻訳するのかもとても気になりました。いつもは拝見するだけですが今日は、思わず反応してしまったほど、日本語と英語の本質的な問題が提起されていてとても面白い(興味深い)です。

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