「養殖英語」とは、初めて聞くでしょう。

海産物の世界では、天然の魚介類が、資源が乏しくなったりして、安定供給が出来ないものについては、養殖とか栽培農業で、人工的に生産している。養殖というと、養殖真珠が、真っ先に頭にくるが、あれも、もともとは、真珠を作る阿古屋貝の養殖から、始まったもので、現在でも養殖するのは、真珠ではなく、貝である点では、魚介類の養殖に他ならない。
養殖真珠へ、英語では、cultured pearl というが、養殖するのは、海産物が多いので、養殖に当たる英語としては、aquaculture が一般的である。
Wiki の「養殖業」には、次のように定義してある。
狭義には水産業(養殖漁業)の一種で、魚介類や海藻などの水棲生物を、広義には生物全般を育てることを指す。陸生植物に関しては栽培、哺乳類に関しては畜産あるいは酪農、鶏に関しては養鶏と呼ばれる。養殖するためには対象となる生物の生態を知る必要があり、養殖に成功するまでには時間がかかる。魚介類に関しては、卵あるいは稚魚、稚貝から育てることが多い。

そういえば、養鶏は、養殖の一種でした。卵が物価の優等生といわれるくらい、価格が安定しているのは、養鶏のせいでした。

そこで、話をグーンと進めますと(後ほど、また、すこし戻りますが)、自然界で安定供給できないと、その生育環境に似た状態で養殖して、供給するわけです。養殖技術が初歩的の時代は、自然界で育った天然ものには、敵わない時代もありましたが、近来は、天然ものに勝るとも劣らない養殖ものが出回っています。(この話、もう少し進めたいのですが、それも後ほど)。

ここまでくると、今日のタイトルの意味が、お分かりでしょう。

英語国で生活すれば、自然に習慣的に英語が習得できるが、それが出来ない日本では、そういう自然の習得環境を模して、英語を養殖しようというわけです。
このことも、後ほどもっと詳しく検討しますが、現在までの日本の学校英語教育は、そういう意味の養殖でなくて、何ですかね、あれは、要するに養殖ではなったのです。なぜそうか、それもよく詳しく後ほど。

そこでですね。なぜ、みんな後ほど、後ほど、と言っているかというと、実は、天然ものの英語の例を、アラスカ在住の N 君が寄せてきてくれているので、それを、今日は、急いで紹介したいからです。ちょっと長いですが、本人の了解を得て紹介します。赤字で私のコメントを入れています。

では、とりあえず、実況中継を。

ちょうど夕食時でしたので、wearについてインタビュー兼ディスカッションをしました。
前置きなしで、単刀直入にwearをどのように使うか?と聞きました。
以下、ご覧ください。

美智代(大学で日本語科講師をしています)
「wearは何かを身につけること」でも、wear perfume と言うし、疲れるとwear out と言う、、、ラウンジウェアー、、、服としても使うなぁ、、、
日本の学校英語で育った国文科出身ですが、アメリカ生活が長いと、さすがに EDL が身につきますね。

健悟(14才、地元の高校1年生、息子さん
「wearは何かを身につけること」(同じ反応)「何でも身に付けたらwearを使える、シールを顔に貼ってもwear a stickerだよ」、、、wear an expression (like a smile)、、、wear out は人にも物にも使う、、、名詞のclothesとしても使う、、
やはり、生まれた時から、アメリカで、家庭では日本語でも、アメリカの学校生活を、生活環境も英語ですから、ちゃんと EDL が、何の苦労もなく身についています。wear an expression などと、いうなど、心憎いですね。

友紀(10才、地元の小学校5年生、娘さん)
「着るってこと、身につけること」(第一の反応は同じ)、、、wear braces、、、wear makeup、、、I wear my eyes out.、、、「鼻の下に箸をくっつけたら、wear chopsticks?」という彼女の問いに、健悟は「言える」と笑っていました。
もうちゃんと、native speaker-hearer なみです。自然界の身をおけば、天然英語が、自然と身につきます。

食卓ディスカッションでは、みんなで日本語にあるwearのような言葉のことを話しました。「みる」は to see, to look, to watch、、、動いている物を「みる」か、止まっている物を「みる」かの違いを話すと、健悟が「そうだったのか!?」とビックリしていました。洋服をみていて、店員がMay I help you?というと、I'm just looking. とよくいいますね。ぼくは時々、いまだにwatching と言ってしまったりして、言ってからハッとします。頭の理解よりも、口が言ってしまう悪い例ですね。あと、「きく」の to hear, to listen, to ask、、、 聴くのか聞こえるのかの違いもおもしろかったです。
ここでは、話が逆に日本語のことになっていますが、英語の自然界にいて、日本語は家族間だけですので、「みる」の違いに、高校生になってはじめて、「そうだったのか!?」とビックリしているのが、面白いでしょう。彼らは、英語の自然界にいて、日本語の自然界にいないので、天然日本語が、習得できてないわけです。

美智代は大学で使っている日本語の教科書を使うと、「とる」ということばは「写真を撮る」という表現に使って、他の意味に長い間言及しないと言っていました。「はいる」も同じように、「風呂に入る」の表現をカバーしたら「はいる」という基本動詞の他の多くの使用例には長い間ふれないとのことです。すると、健悟は漢字を例にあげて、「上と下という漢字はすごい読み方がいろいろある」と言っていました。
これも、日本語の場合で、「とる」とか「はいる」というありふれた日本語が、外国語として日本語を習う教科書では、ほんの一例しか挙げてないということを指摘しています。だから、こうして日本語を習っている人に、先の例の「つける」の意味を訊ねても、日本人なら当たり前に知っている、色んな「つける」が出てこないわけです。

もうひとつの例は、以前に問題にした九九のことです。これは実況中継でなくて、実験報告です。

九九は、、、
8x7=?を提示すると。
子供たちは英語、美智代と僕は日本語でした。
大人二人は、日本の学校教育で習っているので、死ぬまで日本語になります。子供さんたちはアメリカの学校で習っているので、死ぬまで?英語になるのでしょうか。

子供たちの小学校では九九は丸暗記法を使っていませんでした。
かけ算の反復練習によって、暗記に近い状態まで持っていっていたようです。
"Mad Minute" というゲーム形式のドリルを娘は使ったと言っていました。
プリントにある九九の計算を1分で何個解けるかのゲームです。手で書いて覚えるのでしょうか。
息子は8x8を知っていたからそれから8を引いたと言っていました。
よって、九九のような即答ではありませんでした。

バス切符の文章題は、、、(以前に紹介した算数の問題です。
子供たちと僕は英語、美智代は日本語でした。
やはり、日本の学校習った大人と、アメリカの学校で習った子供さんの違いがちゃんとでています。
美智代は声に出して文章題を解いたからでしょうか?日本語で言ってました。

考えた事、、、
算数は特にそうかもしれませんが、数字の操作は書くか、口に出して解かない限り、
頭の中では特定の言語(英語、日本語、、、)による干渉がない、というのが通説でしょうか?
「日本語で考える?」「英語で考える?」は、ハッキリしてそうで、そうではないようです。

という、英語自然界で暮らす日本人家族の天然英語の状況です。このことの意味を各自考えてみてください。
Kanji 君、and your family Thank you for your cooperation!

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