「肖像画」は、「写生画」。

 昨日、「ここからが、ちょっと論理が飛躍するのです。飛躍ついでに、飛ぶ前に一呼吸おくことにして、続きは明日にします。」として、終わりました。
 どう飛躍するか、というと、論理だけでなく、時代も飛躍します。
 Renaissance のキリスト教画は「写生」だ、と言ってから、19世紀も中ごろの、Courbet たちの Realism へ、一気に飛ぶのです。
 聖職者だけしか読めなかった「聖書」が、各国の日常語に訳されて、普通の人々でも「聖書」が読めるようになると、「聖書」を「読む」ための「写生画」は必要なくなりました。そうなると、教会は、そういう「絵」を、「画家」に注文しなくなります。現在のようなチューブ入り絵の具が出回り始めたのは、19世紀の印象派の画家の時代です。それまでは、画家たちは、自分自身であるいは弟子たちに、顔料をこねて絵の具を作らなければなりませんでした。
フェルメールの伝記映画「真珠の耳飾りの少女」にも、フェルメールが円具をこねている場面があります。ちょうど、昔の医者が、薬をこねていた?のと同じです。
昔の大河ドラマ「花神」では、大村益次郎が、まだ、医者の大村蔵六時代に、薬を作っていた場面がありました。その時、下図のような薬研やこね鉢を使うのですが、絵描きが絵の具を作るのにも同じような道具を使っていた、と思います。
画像

http://ja.wikipedia.org/wiki/医師
 「真珠の耳飾の少女」にもそういう場面がありましたが、絵の具の材料となる顔料、特に Vermeer が多く用いた Lapis lazuli とか、そこから作る ultramarine は高価で、彼が資金繰り?に苦しんでいた様子も描かれていたように思います。少なくとも、原作の小説にはそう書いてありました。
 絵の具で苦労したか、子供が多すぎたか(11人)、「大量に抱えた負債をなんとかしようと必死で駆け回ったが、とうとう首が回らなくなり、1675年にデルフトで死去した。」
と Wiki には書いてあります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/群青色
http://ja.wikipedia.org/wiki/ウルトラマリン
http://ja.wikipedia.org/wiki/ヨハネス・フェルメール
 なぜこういう話を紹介するか、というと、「絵描き」は、食うために、妻子を養うために、金持ちから絵の注文を受けないと、絵の具代にも、事欠き、絵を描くどこ炉ではなかったのです。
  教会からのキリスト教画の注文が減ったころには、Medici 家に代表されるような商人(あるいは町人)貴族や、その頃台頭し、農民から搾取して金持ちになった王侯貴族が、絵を注文したり、絵描きを召抱えるようになりました。 かの Da Vinci さえ、30歳の時に、就職活動をして、Firenze を去って、ミラノ公に、「絵描き」としてより、軍事技家として雇われ、晩年は、
「フランソワ1世の庇護を受け、1516年からは王の居城アンボワーズ城に隣接し、フランソワ1世が幼少期を過ごしたクルーの館 (Clos Lucé) に招かれ、年金を受けて余生を過ごした。」のです。絵描きも食っていくのに大変だったですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/レオナルド・ダ・ヴィンチ
 17世紀に画家 Velázquez は、スペインハブスブルグ家のフェリペ4世の宮廷画家となり、もっぱら一族の肖像画を「写生」して、生計を立てました。
画像

 スペインやフランス、イタリアなどでは、肖像画は、もっぱら王侯貴族からの注文でしたが、17世紀オランダでは、富裕な商人層が、肖像画を注文しました。ただ、一人では、金がかかるので、現代の集合写真のように、「集団肖像画」を描いてもらって、一人ひとりの金銭的負担を減らすようにしました。Let's go Dutch (割り勘)ですねぇ。
画像

http://www.japandesign.ne.jp/HTM/REPORT/holland_stm/11/
 あの有名な Rembtrand の The Nightwatch も group portrait です。
画像

 というわけで、ちょっと論理が飛躍していますが、「キリスト教画」の「写生」は、王侯貴族、富裕商人からの注文により「肖像画」の「写生」に取って代わったのです。その際注文主は、とにかく似ていることを要求したので、必然的に「写生」にならざるを得ませんでした。
  このオランダの肖像画の伝統は、ゴッホに「自画像」にいたるまで、受け継がれていますが、晩年の Rembrandt もそうですが、注文が入らなくなると、仕方ないから、自分の肖像画、つまり、「自画像」を描くことになります。そうすると、別にそっくりでなくても文句言う人はいませんから、「写生」的でない「自画像」が出来上がります。売れない画家ゴッホの「自画像」も、他の人の「肖像画」も注文でなく、勝手に描いたので、「写生」である必要はなかったわけです。
画像

  飛ぶ飛ぶといって、途中で、のんびり空中散歩している感じですね。では、急降下して、Courbet の「写生」的 realism へ、着地します。
 着地したところで、一休みして、続きは、明日にします。

"「肖像画」は、「写生画」。" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント