40年前の「国民皆教師」論、再考。教師不要論へ。40年で、何が変わったか。No manual になった。

 昨日までの、40年前の「国民皆教師」論、、英語教師に特化したも続きが、もう少しありますが、今回問題にしたいのは、学校教育全般なので、それは省略して、次の段階に進みます。
 そうしたいと思ったのは、昨日紹介した、文部科学省の「全教員にデジタル指導力」という方針に、それこそ40年前の発想だな、と感じたからです。
 この40年間で、何が変わったか、と言えば、この論で強調しているメディアの進化です。そのメディアの進化を促進し支えたのが、
SCORMでした。
 40年前には、SCORM は、存在していませんでした。
 SCORM が、どんなものか、日本語版Wiki はありません。前々回紹介した私のエントリー「ADL と Scorm. 何のことか分からないでしょう」に、わかりやすく紹介しています。
 
 突然話が変わる、ようで、実は、変わりませんが、こういうことがあります。
 「携帯電話」が、後にそう呼ばれるようになった「ガラケー」から「スマートフォン」になった時、何が一番変わった、と思いますか。
私が最初に「ガラケー」を買った時、分厚い、紙のマニュアルが、それも確か2冊も付いてきました。2,3年後でしたか、「スマートフォン」に買い替えた時、紙のマニュアルはなかったですね。マニュアルなしでも、使うことができました。
 そう言えば、40年前には、パソコンを買うと、何冊も紙のマニュアル本が付いてきました。パソコンだけでなく、ソフトウェアを買っても、マニュアルが付いてきました。
 IBM は、オフィスの仕事場から、紙を追放するためにパソコンを開発したのに、もっとも紙を使う会社は IBM だ、と言われました。紙のマニュアルを大量生産していたからです。
 ある時から、no manual 世代と言われる若者たちが出現しました。今どきの小中高校生は、新しいメディアやアプリを手に入れると、マニュアルなど見ずに、直ぐ使い始めます。別に小中学生でなくても、私もそうですが。
 そもそも紙のマニュアルなどついてないし、マニュアルがある場合は、on line manual になっていて、あるかどうかもわかりません。

 なぜ、そうなったか、です。
 SCORM のせいです。
 ここでSCORMを説明していると、話がなかなか進まないので、その説明は、「ADL と Scorm. 何のことか分からないでしょう」に任せて、話を先に進めます。
 日本が、i-mode で、一旦「携帯電話」で世界をリードしたはずなのに、いつの間にか時代遅れになったのは、SCORM に乗り遅れたからです。
SCORM は、2004年にアメリカ国防省が提案し、民間の、特に情報企業、マイクロソフト、アップル、グーグル、インテルなどに呼びかけ、ソフト・ハードの設計・開発を各社バラバラでなく、統一するように仕向けたものです。
 結論を急ぎます。SCORM の成果で、誰でもがマニュアルなしで、直ぐ使えるようになった各種のメディアが、「兵隊」だけでなく、学校教育の場合、教師だけでなく、特に日本ではコロナのせいと、いうかおかげで、GIGAスクール構想が急に進み、生徒が全員持つようになったのです。
 そうなったらですね、何も教師に、その使い方を教えるために、9000人も専門家を派遣するなどという時代錯誤のことをする必要ないでしょう。
 No manual 世代の生徒は、教師に教えられなくても、与えられたメディアを、ハードメディアだけでなく、アプリなどのソフトメディアも、
自分たちで使いこなします。

 必要なのは、生徒が、自分たちで学習して、ちゃんと効果の上がる、学習カリキュラムを提供することです。それも、SCORM に準拠したものを。
 そういうことをするのに、昨日のエントリーで、紹介した、教育システム開発者・設計者が必要になるのです。この先は、長くなるので、明日以降にします。
 以前にも紹介しましたが、私が、岐阜県総合教育センターの講座や、学校現場で、スマートフォンやパソコンを使った学習法を提案すると、異口同音の合唱が、いつもかえってきました。「持ってない子はどうする?」「40人のクラスでひとりでも持ってない子がいたら、この方法は使えない」。コロナのおかげで、そういうコーラスは歌えなくなりました。そういう mindset の教員に、デジタル指導力をつけようとは、砂漠に水を巻くようなものです。文部科学省は、そんなことわからんのかな。

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