私の英語頻出ブログは、日本語脳だけで書いています。そのわけは?

11月18日の "「英和辞書」愛好家の脳の中を覗いてみたい。" の entry に kk さんが、コメントを寄せられました。読んでない人もいるでしょうから、c&p します。
「英語を読んでいる最中に日本語が現れると英語脳が"Oh, no!"という感覚はよく分かります。 ところで先生の文章は、日本語の文章の中に突然英文が出てきたり、アルファベットで書かれた英単語が出てくるのですが、こういう文章を読んでいる場合、逆に「日本語脳」が"オー・ノー!"と言うようなことはないのでしょうか?(このことを意識するようになって、私はちょっとそういう感覚を持ちました) 先生は、日本語の文章を書くときは日本語脳と英語脳がうまく切り替わっているのでしょうか?」
  これに「回答」するには、一昨日、昨日に書いたことを、踏まえて答えるとわかり易いので、今日まで回答を保留していました。他の人にも興味があるかな、と思って、コメント欄に書き込むより、本文で取り上げることにしました。
  以下、回答を兼ねて。
  私の脳には、「通訳・翻訳脳」はなく、あるとすれば「バイリンガル脳」です。
  この一連のブログは、日本人で日本語のわかる人に向って書いています。だから、「バイリンガル脳」としては、日本語脳が働き、computer の keyboard 上では、ローマ字ーかな・漢字変換で日本文が type されます。
  では、なぜ、今わざとしましたが、日本文の中に英語の単語が入るか、というと、それには、こんなわけがあります。
  日本文というけど、私に限らず、皆さんの書く日本語文にも、外来語や、目新しい英語を使うことがあるでしょう。上に上げた三つの英単語は、外来語化されて、日本語の語彙に入っています。そこまで行かなくても、entertainment, opening event, global, medical chemistry などなど、これらは、今新聞をちらりと見て拾ったものですが、昔は日本語で言っていたものを、眼あららしい英語を使う人が多いです。
  ただし、それを書く場合は、新聞などは、縦書きですから、横書きの alphabet では困るので、カタカナ表記になっています。エンターティメント、オープンニング・イヴェントなどなど。
  昔からあるもので、日本語になりきっているものには、テレビ、ビデオ、ウーマン、バリエーションなど、枚挙に暇がないくらいあります。
  何をいまさら当たり前のことを、と思うでしょう。
  ところが、これらの外来語を、カタカナで書くと、私の英語脳が、昔はそれほどでもなかったのですが、だんだん日本語脳に匹敵するほど成長してきたのか、テレビと書くと [bi] でないよ [vi] だよ (ビデオ場合も同じです)、ウーマンと書くと [u] でないよ [wu]、バリエーションと書くと、[ba] でないよ、[e:] でなくて [ei] だよ、とうるさいのです。
  言うことを聞いて、「テレヴィ」「ヴィデオ」と書いても、何だか、見た目が悪いでしょ。「ばりえーしょん」と type すると、「バリエーション」と出ますが、「ヴぁりえぃしょん」と type すると、「ヴぁ里エィ所ん」となってしまいます。
  英語の発音に忠実に type して、ローマ字-かな変換すると、面倒なので、人はみな日本語式発音のカタカナ語を使います。
  それでも、そういう人たちには、英語脳ができてないか、未発達なので、誰も日本語脳に文句をつけないから、安心して?気楽に?快適に?そういうカタカナ語を平気で?使っておれるのです。皆さんはどうですか。
  私の場合は、日本語脳が、英語脳のいうことは、もっともだ、と納得できますし、バイリンガルとしては、英語脳と仲良くしていたいので、カタカナを使う代わりに、alphabet で、元の英語を書いているのです。その方が、落ち着くのです。
  もともと、私は、すでに、1980年代、TESCO と仕事を始めた時、TESCO の以来で書いたある booklet で、日本文は、ひらがな、カタカナ、漢字に加えて、alphabet 文字を加えた4種類の表記システムをとるべきだと主張しています。その booklet、手元の見つからないので引用できませんが。
  私の日本文に alphabet つづりの英単語が頻出するのは、こういうわけです。
  それにしても、日本語では、あまり使われない英単語も多いのでは、という指摘もあるでしょうが、それは、多分私が時代を先取りしているのでしょう。やがて、他の人も使い始めるかもしれませんよ。
  英単語のことは、分かった。では、英語の文章、それも結構長いのが、出てくるのはなぜか。
  その「回答」は、簡単です。
  何かを説明するとき、自分のことばで説明するより、Wiki などで、もっとよい説明があれば、そういうのを借りてくるのは、net の常識です。copyleft ですから、借用自由です。しかも、自分で type しなくても、copy & paste できます。
  残念ながら、現状では、日本語版の Wiki より、英語版の Wiki の方がはるかに充実した情報を与えてくれます。それを英語脳で読みます。「通訳・翻訳脳」がないので、日本語訳ができないので、そのまま c&p しているのです。自分で読みながら type するわけでもないので、c&p するのには、英語脳は、まったく必要ありません。私が、いつもわざわざ 「c&p します」と書き加えているのは、そういう事情があるからです。
  では、時々、How about you? とか、Seeing is believing. のような英文があるのは、なぜか、という人が、ひょっとしているかもしれません。
  それはですね。こういう短文の表現は、一種の chunk であって、単語みたいなものです。英文を発しているというより、長めの単語を書いている感じですから、単語の場合と同じです。
  私の、日本文に alphabet 文字や、英文が、いっぱい出てくるのは、こういうわけです。そして、働いているのは、日本語脳だけです。英語脳は、Wiki を調べるときなどに手助けしますが、日本語脳が書いているときは、高みの見物をしているようです。ただ、テレビ、と書くと、注意するので、いつも気をつけて TV と書いています。
  kk さん、納得しましたか。したなら、再度 comment をください。それが netiquette です。

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この記事へのコメント

kk
2012年11月25日 14:14
私の質問に対し、わざわざ本文で回答いただき恐縮しています。
英単語や英語のフレーズが、日本語のボキャブラリとして「日本語脳」に蓄積されていく、という感覚なのですね。英語を学ぶことで、日本語世界にはない概念や、そもそも日本語的発想では表現できないconceptが加わって「バイリンガル脳」ができあがる、ということだと理解しました(厳密には「バイリンガル」ではなくて、「日本語+α」ぐらいの感覚かなと思いますが)。
それで思い出すのが、「今のインテリたちは何でもカタカナで言いたがる。ちゃんとした日本語を使え」という批判です。
たとえば上に書いた「コンセプト」は、わざわざカタカナにせずに「概念」と言え、みたいなことです。ただ、先生の場合はこれのもう一歩先を行ってconceptと書かれているわけで、こうなるともう批判の対象レベルを超越しているので、文句のつけようもないのかもしれませんね。
ちなみに私も、先生のような「漢字かなアルファベット混じり文」を書くことには賛成なのですが、キーボード入力の際に英数モードに切り替えるのが面倒という、ただそれだけの理由で、完全にそれに移行できていません。
ただ、たとえば'motivation'みたいに、equivalentな漢語がなく、しかもカタカナで書こうにも「モチベーション」は違和感があるし、ましてや「モーティヴェイション」なんて書いたら通じない、みたいな語はあえてアルファベットで書くようにしています。
ちなみに私の場合、「アルファベット」はカタカナで抵抗なく書けます、先生にとって、カタカナで書いても違和感のない語と、alphabetで書いた方がcomfortableである語とのborderはどこにあるとお考えでしょうか。
SF
2012年11月25日 16:32
早速、ちゃんとお返しの comment いただき、ありがとうございます。
「カタカナで書いても違和感のない語と、alphabetで書いた方がcomfortableである語とのborderはどこにある」か、というご質問ですが、プロ野球、アルバイト(これは英語ではないですが)、カタログ、カレンダー、サッカー、クラッシク音楽、バロック、ロココなど、ほとんど日本語化しているのは、別に違和感はないようです。
反対に、スマホ、アプリ、バスケと言った類は、とても uncomfortable です。
また、「わざわざカタカナにせずに ”概念”と言え」と、言われたら、私は、漢語が苦手なので、「漢文は、チンプンカンプンなので、英語を使います」と答えるでしょう。今日の entry の Thanksgiving もその例です。
実際、高校時代「漢文」は苦手でした。吉川幸次郎『唐詩選』などは、愛読しましたが、あれは、訓読が主でしたから。
 なお、カタカナが嫌いなのに、entry の「件名」に、カタカナを使うのは、日本語の検索にひっかかりやすいようにです。
Your comments make me think more deeply about my brain activities. Thank you.
kk
2012年11月25日 21:58
早速のreplyをありがとうございました。
「ほとんど日本語化しているもの」はカタカナで書いても違和感がない、という感覚は私も同感ですが、その「日本語化度」もやっぱり主観的な尺度になるので、カタカナで書くかalphabetで書くかのborderはやはり日本語脳と英語脳のせめぎ合いが影響するのでしょうか。
ふと思ったのですが、日本語は基本的に和語と漢語からできているわけですが、漢語はもともと日本人にとっては「異物」で、日本語脳の中では「ちょっと浮いた」位置にあると考えれば、英語が新語彙として入ってきたときに英(単)語が漢語に置き換わるという現象が説明できるのではないでしょうか。
そのためには、逆に和語が英語に置き換わることがないということを証明すればいいと思います。たとえば漢語である「多様性」の代わりに「variation」を使うことはしますが、和語である「様々な」の代わりに「variousな」と言うことはしませんよね。
このような「日本人にとって和語と漢語のweightが違う」という考え方はすでにあるのでしょうか。
SF
2012年11月26日 09:33
折り返し、thought provoking の comment ありがとうございます。
「日本人にとって和語と漢語のweightが違う」という考え方はすでにあるのでしょうか。
に「回答」するには、コメント欄では、話が長くなるので、明日にでも「本文」で、日ごろの考えを改めて紹介します。

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