iPhone が 「パソコン」 元祖。 Jobs の願い。

 昨日、smartphone/tablet は、コンピューターである。 だのになぜ、今更 Windows machine を、
と言いました。
 当然反論はあるでしょう。 Windows machine でできて、smartphone/tablet で出来ないことがたくさんある。 出来ても、不便なことがある。
 例えば、Android smartphone や iPhone では、Windows machine 定番の Word, Excel, PowerPoint が使えない。 要するに、Windows machine を買えば、黙っていればついてくる Office が使えない、ということです。
 確かに、MS Office は、企業・役所・学校などの事務で 「パソコン」 を使っている人の必需品です。
 では、「パソコン」 を家庭で使うときに、MS Office は、必需品でしょうか。 勤め先の仕事を家に持ち込んでするのには必要ですが、家族の他のメンバーにも必要ですか。
 
 父親だけが、家で 「パソコン」 を使っている時、一体何に主に使っていますか。 私の知るところでは、Word を使って文章を書いている人はほとんどいない、Excel で会計処理をするほどのこともない、学者・研究者でもない限り、研究発表のため PowerPoint を使うこともない。
 
 では、何に使っているか。 一年一回の年賀状の本文と宛名の印刷。 DVD/CD drive で、借りてきた DVD を見たり、CD を聴く。 メールをする。 YouTube を見る。 町内会の役員にでもならない限り、これ以外の用途に使っている人は、ほとんどいない、のでは。 Am I wrong?

 最近の図書館は、「パソコン」 を多数揃えているところが増えています。 そこで 「パソコン」 ブースで、バソコンを 「使っている」 人は何をしているか、というと、ほとんど全員開架式の棚に並んでいる DVD を見ています。
 
 こういう話があります。 DVD/CD rental shop からは、すっかり若者の姿は消えて、上得意は前期・後期高齢者の男性だそうです。 そして、繁盛しているのは AV コーナー。 図書館にはAV ソフトはないので、rental shop へ借りに来るのです。 そして、今にある大型テレビでは 「見れない」 ので、密かに自分の部屋 (があれば) か、人に見つからないところで見ているようです。 Am I wrong?
 
 勤めている間は、Office が必要だった男性も、退職して家にいると、「パソコン」 は持っていても Office を使う機会はめっきり減ります。 最近の傾向として、新しい 「パソコン」 を家庭用に買う人で、Office は要らないという人が増えています。 かくいう私も、現在の Windows 7,その数年前の XP を買った時も Office なしでした。
 Word くらいないと困るだろうと考える人がいますが、タダでついてくる Wordpad と Notepad があれば「家庭用」 には十分です。
 
 IBM は、International Business Machine のことでした。 IBM は、MS と結託?して、business 用の machine として 「パソコン」 を作って普及させたのでした。
 それは、ひとりひとりが personal に 「使える」 ので、personal computer、略して PC と呼び、四文字カタカナ文化圏の日本で 「パソコン」 になったのでした。
 忘れてならないのは、personally に 「使える」 ようになっただけのことで、personally に 「買える」 ようになったのではないのです。 買ったのは、もっぱら企業・役所・大学・学校で、家庭で使うために個人で買ったひとは、特に日本では、ほとんどいなかった。 私が最初に、自分の金で、日本に初めて輸入された DELL の 「パソコン」 を買った時、50万円しました。 大学の年間研究費より高かったです。 一ヶ月分の給料より高かったかな。
 
 ということで、一昨日の話の蒸し返しですが、今までの 「パソコン」 は、
もっぱら business use で、企業・役所・大学・学校が買って、個人に使わせて、所属する組織の public な仕事をさせていたもの、私の造語で 「パブコン」 だった。

 その流れを変えたのは、Steve Jobs だった、と話は続きます。
一昨日紹介した、私の以前の entries にすでにそのことは書いていますが、読みましたか。
 その中で、こんなことを書いています。
 Jobs は、いつも新しい gadget を開発する時、単にモノをつくるのでなく、people's life を変える、ということを Policy にしていました。 それが、彼の philosophy でした。
 そのことについては、2011年、Jobs の死去によって早まった、彼の伝記を出版当日 Kindle で読んで、詳しく紹介しています。 
Steve Jobs の伝記から。

その前後で、こんなことも書いています。
Steve Jobs が、digital divide をなくすことをめざしていた。 一方 Bill Gates は、むしろ digital divide を wider & deeper にした。
 それまでの computer は、computer オタクのものでした。 そういうオタク、一人に対し a thousand people who would want the machine to be ready to run.がいることを、 Jobs は、自分の使い手の立場で、intuitively に知っていた。 そして、その人たちのための computer を作って、売ろうとしたのです。
 Jobs が目指したのは、
  introducing the computer to regular people in regular homes,
doing things like keeping track of your favorite recipes or balancing your checkbook
 机の上に鎮座している computer でなく、台所に本のように平たくおいてあって、そこに出ている recipes をみながら料理できる、というものでした。 まさに、iPad でしょう。
 
私の卒業生の二人が、アメリカで日本人同士で結婚して暮らしています。 彼らの家を Google Earth で見てみました。 この二軒です。
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 アメリカに行くと、郊外にこういう家が並んでいる集合住宅地が各地にあります。
ある建築家が、普通の市民でも、一軒家を持てるように、とこういう集合住宅を開発したのです。
 その建築家の名前が、いま調べてもわからないのですが、知っている人いたら教えてください。
 Steve Jobs は、こういう集合住宅で育ったと、実は思い違いだったのですが、その思い違いの印象が、
誰でも言えば持てるように、だれでも持てる oomputer を作ろうという動機になった、と語っています。
 だれで持てる、ということは、文字とおり、
手に持てるし、持っていて使えるし、そして、最も大事なことは、
所有するのに買える値段のもの
 ということです。
 それにしては、iPad や iPhone は、ちょっと高いですが、世界中の人が持つことので来る値段になっています。
 そして、iPhone や iPad が、
だれでも手に持って、台所でも、寝室でも使えるようにして、誰でもが使えるように Jobs がこだわったことは、 と話が続きます。
 このことは、すでに iPhone/iPad なり Android smartphone/tablet を買って、持って、使っている人ならすでに実感していることでしょう。
 今日は、ここで一息ついで、続きは明日に。

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