グローバル人材と国際人。同じ?違う?

 「グローバル人材」ということばが流行りだす前には「国際人」ということばが使われていました。
この2つ、同じなのか、違うのか、"グロバル人材と国際人" で google したら、
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なんと私のブログエントリーがふたつ目に出ていました。
国際人と「グローバル人材」、同じ?違う?
 2011年7月30日に書いています。
他のサイトの記事をざっと見てみますと、この当時では殆どの記事が、「グローバル人材」と「国際人」を同じようなものとしてとらえています。あえて区別していません。
 更には、当時の定義は、もっぱら企業活動の分野の「グローバル人材」のことばかりです。それに対して、私は、今回のブログで紹介したような「グローバル・パーソン」的な定義を提唱しています。

 そして、この2つの「人種」の違いを明確にしているのは、私の、このブログエントリーだけのようです。
 今読み返してみても、このエントリーと続いてのエントリーを読んでいただくと、2つの違いについてよくわかると思いますよ。
 その時から、3年半経っていますが、色あせていませんね。まだ読んでない人も、その時読んで忘れてしまったひtも、是非読んでください。
 
 これで、今日のエントリーを終わってしまっては、味も素っ気もないので、もう少し2つに違いについて、別の観点から付け加えます。
 「国際人」ということばは、廃れてしまったわけではなく、今でも使われています。では、国際人とは、どういう人か、google してみると、
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 いろいろなサイトでいろいろな人がいろいろなことを言っています。試しに読んで見ればわかりますが、読んでみたところで、国際人とは何か、人々が漠然とイメージしている以上のことはわかりませんね。
 先のブログでも指摘しましたが、日本語だけで話をしているならば、日本語だけを使っていればいいですが、そのことを「グローバル・コミュニケーション」の場で話そうとすると、英語ではどういうか、いつも考えておかなければなりません。
 そこで、「国際人」を英語でどういうか。 "国際人 英語" で google すると
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 この見出しの中に散見されるものを含めて、英語でも通じるようなぴったりした言い方はないです。
「国際人」ということばが流行りだしたころ、大学の英米人教師や ALTなどに、英語でとういうか訊いてみたことがありますが、彼ら・彼女らは、日本語の意味はわかるけど、それを英語で言おうとすると、ぴったりした言い方がない、というのが共通の認識でした。
 皆さんの中に、そういう経験のある人いませんか。
 高校生や大学生が、「国際人」を直訳して、international man/woman として、
I want to be an international man/woman. 
と他国の人に話したら、相手はどう思うでしょうか。
試しに "international man" で google したら、Wiki の項目が出てきました。
それは、ある本の題名で、しかも、その項目は、
This article is being considered for deletion in accordance with Wikipedia's deletion policy.
 となっています。
 つまり、'international man" というものは存在しないのです。

 そもそも「国際人」ということばがよく使われるようになったのは、日本の大学や各地で「国際交流」ということが盛んに行なわれるようになった頃です。心当たりありますか。
 岐阜大学で国際交流委員会が発足し、私が初代国際交流委員長になったのは、1982年でした。そして、1987年に岐阜県日米協会が発足し、私が事務局長に就任しました。1988年に岐阜県の他の国際交流団体をかたらって岐阜県国際交流団体連絡協議会を発足させ、これも初代事務局長に就任しました。
 この頃に、各地で国際交流ということが盛んになり、姉妹年提携を結ぶ市町村が増えました。
 このように、国際交流が盛んになると、そういう組織に属したり、英語などの外国語が得意に、国際交流の分野で活躍するひとを「国際人」と呼ぶようになったような気がします。What do you think?
 この時にも、国際交流を英語でどういうか、と英米人に訊いてみたことがあります。
 一応 international exchange ということばがあるにしても、自国ではあまり耳にしない、という人が多かったように覚えています。そんな経験した人いませんか。
 その時にも思ったのですが、欧米社会、多分アジア諸国でも、陸続きで国と国とがつながっているところでは、国と国との間、つまり、international な関係は当たり前のことで、ことさら「国際交流」international な exchange と気負わなくても、当たり前に行なわれて要ることだったのです。
 1976年に当時の西ドイツに半年滞在したことがあります。ヨーロッパ中に張り巡らさされた高速道路を走って、イタリア、フランス、オランダ、オーストリア、スイスなどの各国へ行きました。その後も別の機会に北欧三国を走ったことがありますが、国境を超えたといういう意識なしに、知らぬ間に国境を超えていました。
 海に隔てられた日本の場合、海外旅行に行くと言いますが、陸続きの国の間では「海外旅行」にはなりません。ヨーロッパの人が、たとえ海を超えて、アメリカ大陸へ「海外旅行」に行くとしても、「海外」という意識はないはずです。アメリカからヨーロッパ諸国へ行く場合も同じ意識でしょう。What do you think?
 と考えると、どうやら「国際」とか「国際人」というのは、日本だけの特殊事情のようです。
「国際交流」にしても、国が違う人、組織という意識より、同じ人間どうしの間の交流であって、特に
国の違いなど意識しないのが、他の国の流儀のような気がします。 What do you think?
 「国際」というのは、「国際連合」United Nations に代表される、各種の国際政治団体に関することで、そこは、「国益」をかけた、熾烈な駆け引きが行われる場です。友好の場ではないのです。
 ちょっと舌足らずですが、そのように考えると、日本人が考える「国際人」とか「国際交流」というものは、世界には存在しない、と考えたくなるのです。
 やっぱり、だんだんそういうことがなんとなくわかって来たので、「国際」ということばに代わって、「グローバル」ということばが流行ってきたように思うのですが、What do you think?
 「国際人」は、このように何やらわけのわからないものですが、そこへ行くと、「グローバル人材」特にそれを、私流の「グローバル・パーソン」に置き換えると、「国際人」との違いがはっきりしてきます。
 ということで、と言っても、何が「ということ」かよくわかりませんが、
国際人と「グローバル・パーソン」とは、全く別なものということを、今度は「グローバル人材」global person とは、どういう人か、を検討することによってはっきりさせたいと思います。
 それには、まず、グローバル化とは、どういうことか、何が一体グローバル化したのか、を考える必要があります。明日はその辺りから始めます。
 今日は、ちょっとはっきりしない話でしたかな。要は「国際人」などというものは存在しない、ということです。
 それより冒頭に紹介した以前のエントリーをよく読んでください。そちらははっきりしています。

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